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新彊ウイグル自治区 China's Forgotten People by Nick Holdstock

以前にチベットの話を読んだので新彊ウイグル自治区ってどうなっているんだろうと思い、表題の本を読んでみました。テロと報道される事件が相次いだのは最近ではチベットよりも新彊のほうが多い気がしますし、ISが色々と煽っているのも気になります。

著者はジャーナリストとありますが、新彊で英語教師をやっていた経験を本にまとめてジャーナリストを始めたように思われます。本を読んでいて、いかにもジャーナリストが使いそうな込み入った表現があまり出てきません。

さて、新疆ですがモンゴル帝国ジュンガルなどの支配を受けた後、18世紀には清朝の支配下にありました。幾つかの反乱やカシュガルを短期間支配した第1次東トルキスタン共和国(1933年~1934年)、北部のソビエトとの国境沿いの地域を支配した第2次東トルキスタン共和国(1944年~1946年)などが起こりましたが、国共内戦後に共産中国の支配下に入ります。第二次東トルキスタン共和国については、国民党政府が日本と戦争している間隙をついてソビエトの援助の下で成立し、国民党政府との連立政権を経た後、国民党部隊の指揮官が共産中国に降伏するという経緯を辿ります。この時にスターリンが「独立するなら支援してやる」と言ったという真偽不明のお話があるとか。ウィキペディアにある地図を見ると、第一次第二次の共和国とも広大な新彊の一部を実効支配したのみで地域を代表する政権が樹立できていたとは言いがたい。地域全体を代表する統治機構がきちんとあったチベットとは違います。この本ではとりあえず中華人民共和国の新彊に対する支配の正統性には問題ないものとして扱ってはいます。かといって中国よりというわけでもなく、著者は東トルキスタン亡命政府やその他の独立を主張する団体にも中国にもどちらにも組しないというスタンスのようです。ちなみに”解放”後、北京に交渉のために向かった第二次東トルキスタン共和国の主要メンバーを乗せた飛行機は墜落し(もちろん陰謀説あり)、残りのメンバーはトルコに亡命、現在ニューヨークに東トルキスタン共和国亡命政府があるそうです。

 住民はウイグル族の他、漢族、キルギス族、モンゴル族などで構成されていますが、特に北部では入植してきた漢族が多数を占める地域も出てきています。ウイグル族の主な宗教はイスラム教ですが、土着の宗教やチベット仏教の影響などもあり独自の習俗も見られます。

文化大革命などではやはりひどい目に遭いはするのですが、新彊の地方政府が自らが攻撃されるのを恐れて文革の抑制もしています(私はこのへんでチベットとの比較を諦め中国の民族問題としてこの本を読むことにしました)。新彊地域における殺傷事件がクローズアップされるようになったのはむしろ近年で、2001年の9.11アメリカの同時多発テロ以降、中国が少数民族の抑圧の口実としてテロとの戦いを掲げ、東トルキスタンイスラム運動(ETIM)という団体が国内の反乱事件を主導していると主張し始めてからのようです。ちなみにこのETIMは中国が主張し始める前はほとんど誰も聞いたことがない来歴のよく判らないものです。

近年における騒乱の伏線には中国の改革開放路線から新彊においても開発が進む一方、投資や経済発展の恩恵が入植してきた漢民族が多く住む北部に偏り、民族間や地域の貧富の格差が拡大したこと、さらに1990年代から公企業がうまく行かなくなり人員の整理や破綻が相次ぐと、少数民族への救済策として公企業に優先的に雇用されていたウイグル人労働者にとって大きな打撃となったことがあります。代わりに発展した私企業は言語の問題や人種的偏見により漢民族しか雇用しない傾向が強く、失業者が溢れることになりました。

2009年のウルムチにおける騒乱事件ではデマから始まったウイグル族と漢族の間の対立に当局が漢民族よりで介入し多くの死傷者や逮捕者が出ました。中国政府は国外の反体制派の扇動だとしていますが、デマに過剰反応した漢民族の労働者がウイグル人に暴行を働いたものの、当局が寛大な処置で済ませ、それに抗議したウイグル族側を当局が力で押さえつけようとして死傷者が拡大したようです。この事件では国際的なメディア戦略として中国としては珍しく海外の記者に取材を許したのですが、当局の思惑とは違って色々と都合の悪いことも取材されてしまうので、その後はもとの秘密主義に戻ったのだとか。

 2013年10月の北京における天安門広場自動車突入事件や2014年3月の昆明市の駅におけるナイフを持った集団による殺傷事件などもありますが、凶器になったのは車やナイフ、建設現場で手に入れられるような爆発物で外国からの支援があるとは言いがたい感じです。

相次ぐ事件の要因としてはやはり社会に対する不満と言ってしまいたくなります。恣意的な家宅捜索や逮捕、表現の自由に対する抑圧などは漢民族も同様に受けてはいるのですが、ウイグル族少数民族の場合、それに加えて宗教や文化の継承に対する抑圧、経済的な差別や格差によって、より厳しい環境に置かれています。ただ著者は動機の全てを社会に対する不満と片付けてしまうこともしていません。共産中国の厳しい報道規制によって、事件がどういう経緯でどのような動機で起こったかはほとんど判りませんし、実行犯も殺されてしまうか、刑務所の中で外部との連絡が絶たれています。当局の発表にしても、大したことのない事件とするか、国外の扇動勢力による反乱誘発事件とするだけです。

本の中に中国の核実験による被害をリークして、イギリスのチャンネル4とドキュメンタリーを作った元医者の人のインタビューが載っていました。新彊にあるタクラマカン砂漠で中国は数多くの核実験を行っています。実験場はウルムチトルファンから200から300km離れているのですが十分ではなく、有意にがんや白血病の患者が増大したそうです。ただ、元医者の人もイギリスに脱出した後、医師を続けることも出来ずバスの運転手として糊口をしのいでいるそうでなかなか厳しいものがあります。

新彊ウイグル自治区を取り巻く地域では1996年のシャンハイファイブ(現在、上海協力機構)の設立以来タジキスタンなどは新彊のウイグル人活動家に厳しく当たるようになり、亡命してきた活動家を中国に送り返す事例も増えてきたそうです。こうしてみるとISの勇ましい煽り文句もただ言っているだけとしか思えない感じです。

カシュガルの旧市街も耐震性に問題があるという口実で取り壊されてしまいましたが、迷路のように入り組んだ構造が当局の捜査を妨げるのを嫌ったと著者は推測しています。保障がなされたこともあって、この問題では大きな抗議行動は起こりませんでした。そもそもいまだに多くのウイグル人アイデンティティは地域のコミュニティに根ざしていて、ウイグル人としてのそれではないという調査結果もあるそうです。

 地域や民族として、なかなか希望が見出せないのですが、そうなると個人レベルでは中国国内にいるよりも国外に出るほうがましということになります。著者は2001年から新彊で英語を教えていたそうですが、ウイグル人の生徒はみな非常に熱心で、きわめて優秀な生徒だったそうです。動機が切実さを考えると納得できる話ではあります。しかし日本の学生の英語能力が伸びないと嘆いているのは実は幸せなことなのだと思わないでもありませんでした。

著者がウイグル文化の発展として期待を抱いているのは音楽です。反政府や独立を示唆する歌詞こそ許されませんが、漢民族とも共有できる価値観や生活の不満などについての歌をウイグルの影響を受けた音楽で中国語の歌詞でも歌うことでウイグル人に対する理解や共感が進むことを期待しています。YOUTUBEに本の中で紹介されている歌手のビデオクリップがあったので一つ貼っておきます。

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中国の民族問題として本書を読んだのですが、中国なりに民族問題を解決しようとはしていることが判りました。特に公企業による少数民族の優先雇用のくだりは新鮮ではありました。ただ、それに倍して力による支配と抑圧によって絶望的な状況が生まれているのはやはり共産中国です。もっともアメリカでも民族問題は解決が困難なばかりか、民族間の対立の緩和のためのヘイトクライム認定がかえって対立を先鋭化させているような場合もあります。結局、もうあるものは仕方がないとして、民族問題になりそうなものは出来るだけ抱え込まないようにすることが大事なのだと思わざるを得ませんでした。