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LISTEN, LIBERAL bu Thomas Frank 米民主党の変質について

2016年のアメリカ大統領選挙でトランプ氏が当選した直後、主にアメリカの大学生を中心にヒラリー・クリントン氏を支持する人々によるかなり大規模な反トランプデモが起こりました。当時の私にはこれが大きな疑問でした。このブログでもいくつか、アメリカ大統領選挙に関するパンフレットを紹介したのですが、それらの本から得られる印象ではクリントン氏とトランプ氏に大きな違いはないように思われたからです。クリントン氏は女性の味方を謳い、トランプ氏はポリティカルコレクトネスなどどこ吹く風ですが、どちらもエスタブリッシュメントで政策的にも大きな違いはありません。トランプ氏が反移民と言っても彼が言うのは反不法移民やテロ予備軍を締め出せと言っているだけで、実際の政策となれば、ヒラリー氏が大統領になったとしてもやることは似たようなものになると思われました。トランプ氏とクリントン氏の差より、むしろサンダース氏とクリントン氏の違いの方が遥かに大きい。特に学生にとってはサンダース氏の政策はもし実現すれば大きな利益となるでしょう。ではなぜ、サンダース氏の敗北で黙っていた学生たちがクリントン氏の敗北で騒ぎ出したのか。どうやら私のクリントン氏に対する見方が、アメリカの学生たちのそれとは大きく異なっていると思わざるを得ません。

さて、本書は2016年の3月、大統領選の予備選をやっている時に出版された本です(従ってトランプ氏についての言及はほとんどありません。この本の執筆時、氏は泡沫候補扱いでしたから)。長年の民主党支持者だった著者が、フランクリン・ルーズヴェルト大統領の下で確立された、強固な労働組合を支持基盤とする「民衆の民主党」が特にビル・クリントン政権以降どのように変わってきたのかを批判的に描いています。

筆者は特にクリントン政権に批判的で、彼の下に米民主党は労働者の党から専門家集団の利益を代表する党へと変貌したと主張します。ここでの専門家集団とは、高校生の頃から優秀な成績を取り、一流の大学を出て起業したり、就職したり、大学の教官や弁護士になった人たちのことです。ひと昔前の流行言葉の「ヤッピー」がそのまま当てはまります。ITバブルやドットコムバブルと言われた80年代の好景気を担ったのもこの層でした。従来型の製造業が衰退し、硬直化した労働組合が力を失っていく中で、新しい産業を担ったこの層に民主党が接近していくのも自然な流れだったのかも知れません。「ヤッピー」のほうも、政治的にはリベラルで、移民には寛容かつ差別問題にも敏感なので民主党との親和性も高い。実際、弁護士から民主党への献金額は頭抜けていますし、大学の教官やマスコミ関係者の民主党びいきは明らかです。ウォール街にしても、同じ民主党政権オバマ氏は大統領である間はウォール街を口では非難していましたが、大統領の任期を全うした直後にウォール街のために講演し、金融関係者は喜んで元大統領に多額の講演料を支払いました。

かくして変貌した米民主党は著者に言わせれば頭の良い専門家集団のための「10%の為の党」になりました。共和党を揶揄する言葉に大企業を優遇する「1%の為の党」という言い方があるのですが、それをもじっています。この民主党政権の下では人権問題に特に変化が見られました。移民や性差別、特に同性愛者の対する権利の強化は大きく、それ以前のアメリカでは同性愛者同士の結婚など考えられもしなかったでしょう。ただ一つ、非常に大きな社会問題は悪化しました。格差の問題です。クリントン政権以降アメリカの所得格差は格段に拡がり、その後も改善されませんでした。「ヤッピー」たちは確かにリベラルではあるのでしょうが、同時に彼らを特徴づけるのは能力主義です。リベラル的な倫理観も弱者保護というより、人間は能力のみによって評価されるべきなので、性差や出身、性的嗜好などによる評価はなくすべきである、という論理に基づきます。

学業に勤しみ、その結果、高所得の職業についたヤッピーにはごく自然な論理なのでしょうが、反面、低所得者が低所得であるのは努力が足りなかったからだということになります。所得の格差も個人の能力の反映なので特に大きな問題ではないということになってしまいます。必要な施策は最低賃金の向上や低所得労働者の保護ではなく、教育の充実であると訴え、チャータースクールなどに熱心なのもこれらの人たちです。高い収入を得るためにまず必要なものは良い教育であり、しっかりとした教育をしさえすれば、賃金水準は向上するというわけです。

本にはありませんでしたが、私の考えでは教育は万能薬ではありません。確かに個人のレベルでは勉強して良い学業成績を修め、高い専門技能や良い就職先につけば高い収入を得られるのは統計的に明らかです。また、国家においても教育水準の高い国民の育成は最重要事業であろうと思います。産業の競争力においても大事ですし、何より国家の主権者としてきちんとものを考えられる国民は必須です。ですが、貧困対策や格差問題の対策としては、国家の施策として教育を高度化したからといって産業構造が劇的に変わらない限り、教育を受けた人材全員の収入が向上するということは起こりません。専門家集団が高収入なのはその技能が希少だからです。要求される作業量に対して、人材が逼迫しているから高い価値が付くのです。教育を高度化して人材だけを供給しても作業量が増えなければ、専門家集団の価値はむしろ下がってしまいます。法科大学院を作って弁護士を増やしても、業務が増えなければ食べていけない弁護士が増えるだけです。かつてのヨーロッパでは一流大学を出ても、職がないのでタクシーの運転手をやってたりニートにならざるを得ない人たちが問題になっていました。


再び本の主張に戻ります。オバマ政権は政権発足当時、大きな期待を集めました。前任のブッシュ大統領の閣僚がいかにもお友達や取り巻きを集めていたのに比べ、アメリカのまさに選良と呼び得る人材を集めていたからです。ですが、期待はやがて失望に変わります。オバマ政権の閣僚たちは根っからの優等生でした。優等生らしく全員一致を目指した挙句、妥協に妥協を繰り返し、彼らの法案はいずれも極めて複雑かつ実効性の乏しいものになっていきます。。オバマ政権で特に注目を集めたのがいわゆるオバマケアという社会保障制度法案ですが、この法案はまさに典型例で、ある議員曰く、「アメリカの議会を通過したもっとも複雑な法案」です。この頃の決められない政治の原因に、アメリカの分断された政治状況やティーパーティーの頑迷さを挙げることも出来るのでしょうが、当の政権の性質にも一因があったと断じています。

さて、冒頭の疑問に戻ります。クリントン氏とトランプ氏について私は両方ともエスタブリッシュメントだと考えていましたが、その成り立ちは大きく異なっています。中産階級の出から、一流大学を出、自分の能力でのし上がったクリントン氏が10%のほうなら、親の事業を拡大させたトランプ氏は1%のほうです。デモの主体となった学生にとっては、その政策うんぬんよりクリントン氏は将来目指すべきロールモデルだったのではないかと思うのです。その意味で言えば、サンダース氏は大したことのない大学を中退した挙句の市民運動家上がりで、学生の目指すキャリアとは遥かにかけ離れています。これがサンダース氏でもトランプ氏でもなく、クリントン氏の敗北が激烈な反応を呼んだ理由のような気がします。

また、大統領選では結果として共和党のトランプ氏が勝利したのですが、増え続ける非白人有権者民主党には有利に働く筈であり、事前の予想では民主党にとっては負ける筈のない選挙でした。ですが、その実、1%でもなく10%でもない、普通の89%の負け組の人々は取り残されていたのだろうと思います。

当時、日本で反知性主義という言葉が急に目に付くようになりました。原義は「(頭でっかちな)知識人に対する(健全な)反感」といったようなものだと思うのですが、日本で使われた際にはまったく別な意味になっていました。それはさておき、なぜこの言葉が使われるようになったのか。私が思うにアメリカのどこかで笛吹けど踊らない人々に対する知識人層のとまどいがあったのではないかと思っています。そのとまどいが古い言葉を蘇らせ、その過程で日本に(勘違いされて)伝わったのではないでしょうか。

そうして見ると、当選してからもトランプ大統領は一部を除いてマスコミを敵に回し、Twitterを使って発信を試みるなど10%を排除し、89%に対して直接声を届けようとしているように思えます。2016年の大統領選挙は10%を敵に回し、89%を味方に付けようとしたトランプ氏が一番選挙民のことを判っていたという選挙だったのではないでしょうか。

初期キリスト教

キリスト教イスラム教、仏教を世界三大宗教という言い方をしますが、この3つに共通するのは控えめに言えば布教活動に熱心、あからさまにいえば武力を背景に信仰を広めてきた歴史があることです。

なぜ自分の信じている宗教を広めなければならないのか、その切迫感は個人的に、とても疑問でした。宗教は精霊信仰から出発します。それから部族の守り神として崇拝の対象になります。ユダヤの神やギリシャ、日本の神々もみんな部族の守り神です。ですから、部族の外に関しては神の恩恵は及ばない。戦争の勝った負けたが神々同士で力の比べっことして捉えられることはあります。ただ基本的には「私には私の神がいて、あなたにはあなたの神がいて、それでいい」のです。

ですが、なぜ上記の世界三大宗教は布教に熱心なのでしょうか。もちろん、お布施や献金など経済的な理由もあるでしょうし、組織というものは出来てしまえば、拡大と存続を目指すものだということもわかります。他者を組織のヒエラルキーに組み込んで隷属させるという権力欲もあるかも知れませんし、何より国家の運営にとって宗教は大きな武器であり、施政者には布教の名分のもとに国土の拡大や植民地化を進めていくという意欲もありました。ただ、そんな風に話が大きくなる前に、すでに上記の3大宗教には布教への動機があり、その他の宗教と一線を画していた部分がある筈です。それは何でしょう?なぜその宗教を信じないことが信じている人にとって都合が悪いのでしょう?

今回、読んでみたのは
“Zealot” by Reza Aslan
“Paul and Jesus” by James D. Tabor
“The Secret Legacy of Jesus” by Jeffrey J. Bütz
“After Acts: Exploring the Lives and Legends of the Apostles” by Bryan M. Litfin
です。“Zealot”はイスラム教(前著の”No god but God
”から察するにシーア派っぽい)の学者による本で、この本の特徴は聖書にあまり重点を置かず、聖書以外で得られる情報に基づいて、当時の社会状況や政治状況からキリストとその周辺について再構成した点にあります。“Paul and Jesus” と“The Secret Legacy of Jesus”はキリスト教系の人ですが、宗教者ではなく、歴史家として初期キリスト教とか歴史的キリストいう分野をやっている人の著書です。“After Acts”はプロテスタントの人で聖書の記述を記述通りに解釈しようとするとなかなかアクロバティックなことになるという実例として大変面白く読みました。

さて、Jesusについてですが、実在の人物としてのJesusに関して資料の裏付けがあり、研究者が一致している部分はそれほど多くありません。BC3~4年頃に生まれ、洗礼者Johnに洗礼を受け、数年の布教期間ののちにエルサレムの神殿に乱入、ローマに対する反逆でAD30~33頃に処刑される。これだけです。なぜ、実在のJesusについての資料が少ないのか、その理由は実在のJesusがそれほど大物ではなかったからです。Jesusが生きていた頃のパレスチナはローマの支配下にあって、ローマとその協力者に対する憎悪に満ちていた時代です。ローマに対する反逆者の長いリストには
Hezekiah the Bandit chief
Simon of Paraea
Athronges the shepherd boy
Judas the Galilean
the Samaritan
Theudas
the Egyptian
sons of Judes (Jacob and Simon)
などがあります。Jesusは辺境でローマの支配がじきに終わるだろうことを説いていた洗礼者John(ローマにより処刑)の洗礼を受けた後、ローマの支配と結託していたエルサレムの神殿を荒らした騒乱罪で処刑されたに過ぎません。また、Jesusは奇跡により信者を集めていたこととされますが、これもこの時代では割とよくあったことのようで、先のリストの中のthe EgyptianやTheudasも魔術を使っていたようです。

キリスト教系以外の文献ではJosephusという人のAntiquitiesという書物にJesusの兄弟であるJamesの記述があり、そこに「Jesusの兄弟のJames」という記述があるためにようやくJesusの実在が確かめられる程度です。むしろ、同時代人にとってはJesus亡き後、その教団を受け継いだJamesのほうが大物だったようです。

Jamesはその公正さからかJames the justと呼ばれ、先のAntiquitiesによれば、粗末な衣服の他には何も持たず、ワインも飲まず、肉も食べず、風呂にも入らず、髪も切らず、香油も付けない。ただただ貧しい人のために働き、祈りを頻繁に行うために膝がラクダのように固くなっている、とあります。敬虔なユダヤ教徒として人々の尊敬を集めていました。後にエルサレム神殿の謀略によって殺されてしまいますが、JosephusはJamesが殺されたことが後のエルサレム蜂起の一因であると述べる程です。JamesはJesusの身近にいて、行動を共にした後に後継者となっているわけですから、Jesusの説いたこともJamesの行動と異なってはいないでしょう。

Jesusが洗礼者Johnの洗礼を受けたことや、来るべき神の王国でユダヤの12の部族の長とすべく12人の使徒を決めたこと、歴代のイスラエルの王と同じく神の子と自称したことなどから考え合わせると、Jesusは敬虔なユダヤ教徒であり、Jesusの説いたことは、ローマの支配がいずれ終わり、地上にユダヤの国が作られ、Jesusはその王となるだろう、ということだと考えられます。これはまことに当時の伝統に即したもので、王や預言者を自称したりするものは他にも多くいました。

ただ、Jesusが他の救世主達と異なっていた点は、Jesusが処刑された後も、Jesusの復活を信じて教団を維持する親族や弟子たちがいたことです。そしてもう一人、Saulという人物がいました。Saulは律法の厳格な順守を求めるパリサイ派として、Jesusを預言者だとするJames率いるところの教団を弾圧していました。また、出身地の関係でローマの市民権も持っています。しかし、教団の布教活動を追跡し、ダマスカスへ向かった先でSaulは突然、大きな衝撃と共に幻覚を見ます。それは天に昇ったJesusでした。あまりの衝撃の大きさにSaulはPaulと改名し、その体験を自らの中で整理するためでしょうか。アラビアへ向かいます。MosesやElijahの伝統に倣い、シナイ山にも登ったのではないかと“Paul and Jesus”にはあります。

それからPaulはエルサレムに向かいます。JamesとPeterに面会するためです。Jamesはさぞかし驚いたでしょう。自分たちを迫害していた人物が、自分たちの教えを布教したいと言っているのですから。Jamesはお目付け役にBarnabisという人をPaulに付け、Paul達は小アジアへ布教の旅に出かけます。

PaulはJesusの認めた使徒ではありません。Jesusが処刑の処刑はAD30~33と推定され、Paulの改宗はその数年後と推定されています。Paulが生前のJesusと接触することは両者の行動範囲から考えてありえないので、Paulは生前のJesusの言動はほとんど何も知りません。PaulはJamesの教団がJesusの復活を信じていることは知っています。ただ、Jesusについて知っていることはほとんどそれだけだと言って過言ではありません。ですが、Paulは自分の見た天上のJesusこそが真のJesusであると信じています。ですからPaulの中ではPaulの信じる天上のJesusが直接に語りかけた自分こそが第一の使徒です。また、PaulはMosesの教えの一派として、イスラエルの民に布教を進めたJesusやJamesと違い、初期からユダヤ人以外への布教を目指しました。Paulの目指しているものはJamesの目指しているものとはほとんど最初から異なっているように思えます。

数年後、Paulは再びエルサレムに向かい、異教徒に布教する際に障害となっていた厳しい戒律、特に割礼を遵守しなくてもよいという許可を取り付けました。JesusやJamesが説いているのはあくまでMosesの教えの一派です。割礼や食事の制限など厳しい戒律の順守は絶対です。ですが、ユダヤ人以外の他民族がユダヤ教を信仰しようとする場合には、他民族向けの比較的緩い規定があるので、それを適用したのです。James達にとって、これは戒律の軽視の許可ではありません。あくまで他民族に対する緩和措置に過ぎません。

しかし、Paulには天上から語り掛けるJesusがいます。現実のJesusとPaulの天上のJesusを区別するため、PaulはChristという呼称を彼の天上のJesusに使うようになります。PaulにとってはChristを信じることこそが全てです。Mosesの教えや戒律はPaulにとっては二の次です。やがてPaulはユダヤ教の戒律など重要ではないと説きだし、エルサレムの教団との軋轢を深めていきます。また、Jesusはローマによるパレスチナ一帯の支配の終焉を予言したのですが、これはローマの市民権を持ち、ローマに布教を進めようとしているPaulにとっては都合が良くありません。そこで、Jesusのいう王国とは現世ではない天上の王国であると読み替えます。教団としては、Paulの勝手を許しておくわけにもいかず、Paulの信徒団に使徒を派遣しては軌道修正にかかります。実在のJesusに関する正当性で言えば、Paulに分はありません。Jesusの兄弟や直に教えを受けた使徒たちにせっかく養成した信徒団を切り崩され、Paulは厳しい立場に追い込まれます。

二回目のエルサレム訪問から約10年後、Paulはエルサレムの教団にとうとう呼び出しを受けます。Paulの説いている内容が問題となったわけですが、Jamesは和解策としてPaulに清めの儀式を受けることを勧めます。しかし、儀式を終えたPaulはエルサレムの人々に拘束され、殺されようとします。エルサレムの人々にとってMosesの教えを軽視するPaulは許し難い存在だからです。その騒ぎに偶然通りがかったローマの兵士によってPaulは助け出されますが、今度はthe Egyptianという反逆者と誤認されてしまいます。施政官はPaulがローマの市民権を持っているのでローマへPaulを送ることとしました。嫌疑の晴れたPaulはローマで布教活動を行いますが、やはりエルサレムの教団からの切り崩しを受け、布教活動はPaulの思うようには進みません。

その後、Jamesは先に述べたエルサレム神殿の謀略により処刑され、教団は再びJesusの親族によって引き継がれます。もしこのまま大きな出来事がなければPaulの信徒団はエルサレムの教団に吸収され、エルサレムの教団と生前のJesusの教えはユダヤ教の一派として命運を保ったかも知れません。

しかし、エルサレムのローマへの不満は限界に達していました。AD66年エルサレムはローマに対して蜂起します。ローマの皇帝ネロは、直ちに反乱を鎮圧することはせず、とりあえずローマ市内において、反乱分子と思われる人々を投獄と処刑にかかります。これにより当時ローマにいたPaulとPeterは処刑されてしまいます。エルサレムの反乱はついにAD70年、完膚なきまでに叩き潰されます。ありとあらゆる建物は壊され、エルサレムのあった場所は文字通り真っ平にされました。ほとんどの住民は殺されましたが、一部は逃げ延びます。エルサレムキリスト教団もほぼ壊滅しますがトランスヨルダン辺りに逃げた人々もいました。

さて、皇帝ネロの弾圧を生き延びた信者たちにとっては事態は非常にまずいことになりました。何と言ってもJesusやJamesの教団の教えは反逆者の宗教です。ローマは反逆者の対してはとにかく苛烈です。単に棄教や改宗するだけでは、過去をつつかれて身の破滅です。そこで彼らは教えの中身自体を変えることにしました。反逆者の宗教から愛と平和の宗教へ、反ローマから反ユダヤ親ローマへ。基本的にはPaulの路線に従い、Jesusの王国は地上の王国ではなく、死後の天上の王国へ変更します。これにより、ローマの支配の終焉というJesusの願いは消え去りました。Jesusがイスラエルの王という意味で使っていた「神の子」という表現は、文字通りの神の子として扱うことになり、Christとして神格化し、エルサレムの神殿に乱入したJesusは徹底した平和主義者へ変更です。

Jesusを処刑したエルサレムの施政官Pilateは実際にはあまりにも現地の法を無視して、反乱分子を処刑しまくり、ゴルゴダの丘を文字通り頭蓋骨の丘に変え、何とかしてくれとエルサレムから正式の請願書がローマに出されるほどの人物でしたが、Mark、Mattew、Lukeと続く福音書では徐々に、Jesusを処刑したくはないんだけれどもユダヤの民のJesusを殺せという声に押されてやむなく処刑を命令した気の弱い人物として描かれることになりました。現実のPilateはJesusの処刑後もthe Samaritanが集めた人々を虐殺して問題になりローマへ呼び戻された後、ガリアへ送られました。

Jesusの母、Maryは「産めよ、育てよ、地に満てよ」の教え通り、Jesus、Jamesの他にもSimon、Matthewに何人かの娘も産み育てましたが、Jesusの神格化とヘレニズム文化の影響を受けて、処女懐胎でJesusだけを産んだことになります。

ですが、教えを変えるだけで十分でしょうか?そうではありません。彼らは変更した教えを布教にかかります。味方は多ければ多いほど良かったでしょう。私には、彼らがそうするに充分な切迫した理由があったと思われます。やがて、成立したキリスト教はローマの国教となり、ローマの支配を支えることとなります。

歴史の皮肉と言えば、現実のJesusがその解放を願ったユダヤ人はキリスト殺しの汚名を着せられ、その汚名はポグロムなど長く続くユダヤ人迫害の一因となりました。エルサレムの陥落を逃げ延びたJamesの教団の生き残りはEbioniteなどの名称で異端としてやはり迫害を受けることになります。また、これらの一派が死海文書など、Jesusの源流の教えを伝える文書を残すことになります。

 

blog再開と英検一級

前回のエントリーで大言壮語した上に書くネタにも困ってきていたので、しばらくblogの更新を休んでいましたが、そろそろ書きたいことも増えてきたのでblogを再開することにしました。

休んでいる間に英検一級も受けて合格しました。気付いたこともあったので幾つか。

受験したのは2016年の第一回で、ちょうど英検の点数配分が変わり、英作文の配分が増えた回です。準一級を2011年の第3回に合格していますので、約4年半掛かった計算になります。これなら受かるだろうという自信が付くまでにずいぶん掛かりました。勉強時間の配分は読書4年(kobo touch半年、kobo glo 3年、kobo glo HD 半年)、リスニング2ヶ月、ライティング1ヶ月って感じです。読書で培った読む力と単語力で勝負するという古いタイプの勉強方ですね。あまり効率的とは言えないので、一刻も早く合格したいという人には向かないかも知れません。

過去問は、準一級を受けたときからずっと英検協会のホームページからダウンロードして貯めていた十数回分をやっていました。過去問をやりこんでもどうにかなるという気はしないのですが、合格する見込みの目安を付けたり、試験の時のペース配分を考えることには役に立ちました。

個人的に苦手なのは英作文で、旺文社の参考書を買ってきて幾つか書いてはみたものの、どう頑張っても40分は掛かる上にうまく書けているかどうかさえ判りませんでした。これに対する解決策は結局、英作文に掛ける時間を増やすことで、英作文以外のパートを50分で解いて、英作文に残りの50分を当てることを目標にしました。作文の主題に対するサポートを思いつくまでにも時間が掛かるので、試験が始まったらまず英作文の主題を確認してから問題に取り掛かりました。問題をやっている間にも、あわよくば何かサポートが思いつくか、使える単語が長文問題で出てくれば幸いって感じです(実際のテストではうまくいきませんでしたが)。

リスニングも苦手でした。TEDがリスニングの訓練に良いと聞きつけ、幾つか聞いてみたのですが、講演なので台詞が明瞭でないことも多々あったり、私には判らないギャグで観客が受けてたりするので大変イライラします。そこでTEDeDを毎日1時間聞いていました。これはお勧めです。数分の学習用ビデオなので、きちんと主題に沿って話が進みますし、台詞もはっきりしています。アニメーション映像も理解の助けになるので、英語がよく判らないときも少なくとも何が言いたいのかは判ります。何よりうざい観客がいません。

扱っている主題も多岐に渡り、興味のある分野を選ぶことも出来ます。最近の出来事も多く扱っているので、実は英検1級の二次試験対策にもなります。私の場合、面接のテーマの中にTEDeDで見た内容(絶滅危惧種の保護のために生き物を移動させることについて)があったので、合格したようなものです。

面接を受けた後の反省点としては、自己紹介にもっと凝ることと、判らないことは判らないという勇気でしょうか。

面接のテーマは試験が始まるまでは判らないのですが、面接での自己紹介は必ず行います。唯一事前に完全に準備出来るパートでもあります。ここで多少難しい単語や表現を盛り込んで、単語力や文法に対する評価を少しでも上げようとしておくべきでした。私は覚えやすさを優先して、中学生程度の簡単な英文で自己紹介したので、喋っているときには大変楽だったのですが、スピーチで自分なりにちょっと凝った単語も使ってみたりした割には文法と語彙の評価点が今一つ(6点)でした。自己紹介は面接の最初に行いますし、第一印象としてやはり重要なのではないかと思います。

また、試験管は事前に面接のテーマを知っていて、他の受験者のスピーチなどを聞き、質問したりしていますから、テーマに関する準備は受験者よりも遥かに整っています。突っ込んだ質問もしてくるわけですが、初めて見るテーマに目を白黒させている受験者には厳しい。具体的な事例など知らないことは知らないといってしまうほうがボロが出ないと思います。「日本の政府の絶滅危惧種への取り組みについてどう思うか」と聞かれた時には、何がしか知ってる風に喋りだしたはいいものの、途中で喋ることがなくなってかなり厳しかったです。

最後に筆記用具ですが、マークシート用の1.3mmとか2mmの芯径と栄作文用のシャープペンシル2種類を持っていくことがお勧めです。筆記問題をやっている時にはあまり問題にはならないのですが、リスニングは解答時間が10秒と短い上にマークの枠もかなり大きくてマークシートを塗っているだけでかなり時間が掛かります。私はクルトガを使っていたので、マークを塗ろうとする度に芯がわざわざ回転して尖ってしまい、かなりのストレスでした。太い芯のシャープペンは100円ショップに売っていますし、芯の濃さも2Bがセットされているので好都合です。

まとめ

リスニング対策にはTEDeD
2次試験の面接の自己紹介は確実に準備できる部分なので、原稿を練りこもう
マークシートには太芯のシャープペンを用意

 

あえてテッド・クルーズを推す

電子書籍とも洋書とも関係ない話題でブログのテーマとは外れるのですが、何やら妄想が止まりません。

20年前くらいでしたか、二大政党制について、どちらの政党になっても大して変わらないと言われていた時期があったように思います。なぜそうなるのかの説明としては中道層の獲得が選挙に勝つための条件となるので、左右の政党とも中道よりになっていくためとされていました。左右の有権者とも、どんどん中道よりになっていく支持政党を残念に思いつつも、その政党より他に支持する政党がないために不本意ながらも支持せざるを得ません。しかし、この不満が共和党の党内改革として目に見える形で表れたのがティーパーティ運動だったろうと思うのです。

名前こそ付いていませんが、民主党にも同様の現象が起きているのだと思います。バーニー・サンダース氏、ヒラリー・クリントン氏、マルコ・ルビオ氏、テッド・クルーズ氏と並べてみるとサンダース氏とクリントン氏の距離やルビオ氏とクルーズ氏の距離はクリントン氏とルビオ氏の距離よりも遠いように感じます。これは二大政党制というよりも4つの政党が2つずつペアになって争っているような印象すら受けます。

従来の考え方からいけば、勝つのは中道路線のクリントン氏かルビオ氏でしょう。しかし、民主党の支持者も共和党の支持者もそれでは不満なのだと思います。特に熱心な支持者ほど、より左のサンダース氏や、より右のクルーズ氏を支持するでしょう。勝つために仕方なく支持する候補より勝たせたい候補、地滑りを起こさせるような有権者の熱を掻き立てるのはサンダース氏やクルーズ氏なのだと思います。

もし私がアメリカの有権者ならサンダース氏に投票します。お花畑みたいな政策ですが、バーリントン市長時代(以前の記事訂正)の評判は上々でどこまでやれるのか是非見てみたい誘惑に駆られます。スキャンダルだらけのクリントン氏を相手にして個人攻撃しないところも好感が持てます。財源の裏づけを問われて増税に言及しているのも、選挙にとっては不利かも知れませんが正直ではあります。

ですが、サンダース氏の政策は共和党支持者はもとより民主党エスタブリッシュ層にも到底受け入れられそうにありません。個人的な好みはともかく、現実的な予想としては共和党右派は断固として拒否にまわり、政治は空転すると思います。では翻ってクルーズ氏についてはどうでしょう。クルーズ氏の支持基盤はティーパーティキリスト教右派と言われています。しかしこの二つの層はリベラル嫌いが共通しているだけで、同床異夢ではあります。ティーパーティについて以前に読んだ本で印象に残っているのは「ワシントンやニューヨークの連中が何でも判ったような顔をして、我々の生活に口出ししてくる」ことへの嫌悪感でした。市民的自由として、自分の身を自分で守ったり、好きな時に好きなように悪態をつきたいのです(トランプ氏の支持層はトランプ氏のこの点に魅力を感じているようです。個人的にはトランプ氏の票はいつかクルーズ氏に流れると思います。あるいは逆かもしれませんが)。リベラルから無教養とか白人至上主義者とか罵られようとこの点は譲れません。連邦政府の影響を抑え、州の自治を拡大したい。逆にキリスト教右派キリスト教的価値観を市民生活により反映させたいので、連邦政府の権限を教育や家族生活の面では拡大させたいと望むでしょう。クルーズ氏がどうするかはよくわかりません。支持層同士で喧嘩されても困るので、その辺はあいまいにしたままのほうが好都合だとも思います。

以前のエントリーでクルーズ氏は議会と大喧嘩するんじゃないかと書いたことがあります。大きな政府を掲げるサンダース氏の連邦議会が空転すればそれは失敗でしょうが、小さな政府を標榜するクルーズ氏の連邦議会が機能不全に陥っても、「連邦は駄目だ、これからは州の時代」と持っていければ、少なくともクルーズ氏の支持層は文句は言わないと思います。

左右両極の政治勢力が強くなるに従って(政治の分極化というらしいですが)、議会での対立が激しくなり、政治の行き詰まりが起きているようです。これを解消するには歴史的には外部の敵を作って戦争してみたり、好景気を煽って政治から意識を遠ざけるなどして国を一つにまとめることなどが行われてきたのですが、そうしょっちゅう戦争したりずっと好景気だったりは出来ません。逆に州の自治を拡大し、カリフォルニアやニューヨークは思いっきりリベラルに、テキサスやアラスカは好きなだけ保守的にやってもらい、連邦政府は調整役に回ることで国内の不満を抑えるやり方もあります。19世紀末からのプログレッシブの時代以降続いてきた連邦政府の権限拡大に逆行することになり、ある意味で建国当初の合衆国の姿に立ち返ることになりますが、合衆国憲法に精通するクルーズ氏ならこの任には最適なように思われます。

ただ、オーストリア=ハンガリー二重帝国のようにこの手の国家は国内の調整に手間取ることで戦争には弱くなります。日本を始め、まだまだアメリカの軍事力に頼っている国は多いので、アメリカにくっついている国としては正直微妙なところではありますが、合衆国の国内的にはクルーズ氏は一つの解となり得ると思う次第です。

追記

2月20日にサウスカロライナ州で共和党の予備選が行われました。結果は

トランプ氏 32.5%

ルビオ氏 22.5%

クルーズ氏 22.3%

ブッシュ氏 7.8%

ケーシック氏 7.6%

カーソン氏 7.2%

となり、トランプ氏が勝利しました。勝者総取りのルールなので、トランプ氏は44人の代議員を獲得しました。

ここでの敗者は何といってもクルーズ氏でしょう。サウスカロライナが南部州ということを考えれば、ここでは勝っておかなければいけない筈でした。前回東部のニューハンプシャーでは右派の主張は受け入れられないと踏んで、早々にサウスカロライナに注力していたと言われていただけにこれは手痛い敗北でしょう。サウスカロライナが予備選で、党員集会とは異なり共和党員でなくても投票できるため一般受けするトランプ氏に有利に働くとはいえ、南部で勝てないようではこの先も厳しくなったと思わざるを得ません。23日のネヴァダの次はいよいよ3月1日のスーパー・チューズデーです。アラバマやジョージアでクルーズ氏が勝てなければ、共和党候補者が早々に二人に絞られる可能性も出てきました。

なおブッシュ氏が今回の結果を受けて、選挙戦から撤退を発表しました。同じ中道路線を行くルビオ氏にとってはこれは良いニュースとなります。

民主党ネヴァダ州で党員集会。

クリントン氏 52.7%

サンダース氏 47.2%

クリントン氏の勝利。ですが、サンダース氏の強みは最もリベラルな東部諸州やカリフォルニアでしょうし、それらの州は大票田でもあります。今回の結果も比較的保守的とされるネヴァダでよく善戦したと捉えることも出来る数字ではあります。

 

新彊ウイグル自治区 China's Forgotten People by Nick Holdstock

以前にチベットの話を読んだので新彊ウイグル自治区ってどうなっているんだろうと思い、表題の本を読んでみました。テロと報道される事件が相次いだのは最近ではチベットよりも新彊のほうが多い気がしますし、ISが色々と煽っているのも気になります。

著者はジャーナリストとありますが、新彊で英語教師をやっていた経験を本にまとめてジャーナリストを始めたように思われます。本を読んでいて、いかにもジャーナリストが使いそうな込み入った表現があまり出てきません。

さて、新疆ですがモンゴル帝国ジュンガルなどの支配を受けた後、18世紀には清朝の支配下にありました。幾つかの反乱やカシュガルを短期間支配した第1次東トルキスタン共和国(1933年~1934年)、北部のソビエトとの国境沿いの地域を支配した第2次東トルキスタン共和国(1944年~1946年)などが起こりましたが、国共内戦後に共産中国の支配下に入ります。第二次東トルキスタン共和国については、国民党政府が日本と戦争している間隙をついてソビエトの援助の下で成立し、国民党政府との連立政権を経た後、国民党部隊の指揮官が共産中国に降伏するという経緯を辿ります。この時にスターリンが「独立するなら支援してやる」と言ったという真偽不明のお話があるとか。ウィキペディアにある地図を見ると、第一次第二次の共和国とも広大な新彊の一部を実効支配したのみで地域を代表する政権が樹立できていたとは言いがたい。地域全体を代表する統治機構がきちんとあったチベットとは違います。この本ではとりあえず中華人民共和国の新彊に対する支配の正統性には問題ないものとして扱ってはいます。かといって中国よりというわけでもなく、著者は東トルキスタン亡命政府やその他の独立を主張する団体にも中国にもどちらにも組しないというスタンスのようです。ちなみに”解放”後、北京に交渉のために向かった第二次東トルキスタン共和国の主要メンバーを乗せた飛行機は墜落し(もちろん陰謀説あり)、残りのメンバーはトルコに亡命、現在ニューヨークに東トルキスタン共和国亡命政府があるそうです。

 住民はウイグル族の他、漢族、キルギス族、モンゴル族などで構成されていますが、特に北部では入植してきた漢族が多数を占める地域も出てきています。ウイグル族の主な宗教はイスラム教ですが、土着の宗教やチベット仏教の影響などもあり独自の習俗も見られます。

文化大革命などではやはりひどい目に遭いはするのですが、新彊の地方政府が自らが攻撃されるのを恐れて文革の抑制もしています(私はこのへんでチベットとの比較を諦め中国の民族問題としてこの本を読むことにしました)。新彊地域における殺傷事件がクローズアップされるようになったのはむしろ近年で、2001年の9.11アメリカの同時多発テロ以降、中国が少数民族の抑圧の口実としてテロとの戦いを掲げ、東トルキスタンイスラム運動(ETIM)という団体が国内の反乱事件を主導していると主張し始めてからのようです。ちなみにこのETIMは中国が主張し始める前はほとんど誰も聞いたことがない来歴のよく判らないものです。

近年における騒乱の伏線には中国の改革開放路線から新彊においても開発が進む一方、投資や経済発展の恩恵が入植してきた漢民族が多く住む北部に偏り、民族間や地域の貧富の格差が拡大したこと、さらに1990年代から公企業がうまく行かなくなり人員の整理や破綻が相次ぐと、少数民族への救済策として公企業に優先的に雇用されていたウイグル人労働者にとって大きな打撃となったことがあります。代わりに発展した私企業は言語の問題や人種的偏見により漢民族しか雇用しない傾向が強く、失業者が溢れることになりました。

2009年のウルムチにおける騒乱事件ではデマから始まったウイグル族と漢族の間の対立に当局が漢民族よりで介入し多くの死傷者や逮捕者が出ました。中国政府は国外の反体制派の扇動だとしていますが、デマに過剰反応した漢民族の労働者がウイグル人に暴行を働いたものの、当局が寛大な処置で済ませ、それに抗議したウイグル族側を当局が力で押さえつけようとして死傷者が拡大したようです。この事件では国際的なメディア戦略として中国としては珍しく海外の記者に取材を許したのですが、当局の思惑とは違って色々と都合の悪いことも取材されてしまうので、その後はもとの秘密主義に戻ったのだとか。

 2013年10月の北京における天安門広場自動車突入事件や2014年3月の昆明市の駅におけるナイフを持った集団による殺傷事件などもありますが、凶器になったのは車やナイフ、建設現場で手に入れられるような爆発物で外国からの支援があるとは言いがたい感じです。

相次ぐ事件の要因としてはやはり社会に対する不満と言ってしまいたくなります。恣意的な家宅捜索や逮捕、表現の自由に対する抑圧などは漢民族も同様に受けてはいるのですが、ウイグル族少数民族の場合、それに加えて宗教や文化の継承に対する抑圧、経済的な差別や格差によって、より厳しい環境に置かれています。ただ著者は動機の全てを社会に対する不満と片付けてしまうこともしていません。共産中国の厳しい報道規制によって、事件がどういう経緯でどのような動機で起こったかはほとんど判りませんし、実行犯も殺されてしまうか、刑務所の中で外部との連絡が絶たれています。当局の発表にしても、大したことのない事件とするか、国外の扇動勢力による反乱誘発事件とするだけです。

本の中に中国の核実験による被害をリークして、イギリスのチャンネル4とドキュメンタリーを作った元医者の人のインタビューが載っていました。新彊にあるタクラマカン砂漠で中国は数多くの核実験を行っています。実験場はウルムチトルファンから200から300km離れているのですが十分ではなく、有意にがんや白血病の患者が増大したそうです。ただ、元医者の人もイギリスに脱出した後、医師を続けることも出来ずバスの運転手として糊口をしのいでいるそうでなかなか厳しいものがあります。

新彊ウイグル自治区を取り巻く地域では1996年のシャンハイファイブ(現在、上海協力機構)の設立以来タジキスタンなどは新彊のウイグル人活動家に厳しく当たるようになり、亡命してきた活動家を中国に送り返す事例も増えてきたそうです。こうしてみるとISの勇ましい煽り文句もただ言っているだけとしか思えない感じです。

カシュガルの旧市街も耐震性に問題があるという口実で取り壊されてしまいましたが、迷路のように入り組んだ構造が当局の捜査を妨げるのを嫌ったと著者は推測しています。保障がなされたこともあって、この問題では大きな抗議行動は起こりませんでした。そもそもいまだに多くのウイグル人アイデンティティは地域のコミュニティに根ざしていて、ウイグル人としてのそれではないという調査結果もあるそうです。

 地域や民族として、なかなか希望が見出せないのですが、そうなると個人レベルでは中国国内にいるよりも国外に出るほうがましということになります。著者は2001年から新彊で英語を教えていたそうですが、ウイグル人の生徒はみな非常に熱心で、きわめて優秀な生徒だったそうです。動機が切実さを考えると納得できる話ではあります。しかし日本の学生の英語能力が伸びないと嘆いているのは実は幸せなことなのだと思わないでもありませんでした。

著者がウイグル文化の発展として期待を抱いているのは音楽です。反政府や独立を示唆する歌詞こそ許されませんが、漢民族とも共有できる価値観や生活の不満などについての歌をウイグルの影響を受けた音楽で中国語の歌詞でも歌うことでウイグル人に対する理解や共感が進むことを期待しています。YOUTUBEに本の中で紹介されている歌手のビデオクリップがあったので一つ貼っておきます。

www.youtube.com

中国の民族問題として本書を読んだのですが、中国なりに民族問題を解決しようとはしていることが判りました。特に公企業による少数民族の優先雇用のくだりは新鮮ではありました。ただ、それに倍して力による支配と抑圧によって絶望的な状況が生まれているのはやはり共産中国です。もっともアメリカでも民族問題は解決が困難なばかりか、民族間の対立の緩和のためのヘイトクライム認定がかえって対立を先鋭化させているような場合もあります。結局、もうあるものは仕方がないとして、民族問題になりそうなものは出来るだけ抱え込まないようにすることが大事なのだと思わざるを得ませんでした。

ヒラリー・クリントン The 2016 Contenders: Hillary Clinton

ワシントン・ポストヒラリー・クリントン氏について選んだお題は

  • 頑固な性格について
  • クリントン財団
  • 選挙キャンペーン
  • ファッション
  • メール問題

の五つ。クリントン氏の場合、アーカンソー時代から大統領夫人時代、国務長官時代と疑惑には事欠かないのですが、もう語りつくされた感もあるので比較的新しいトピックを集めて見ましたという風にも取れます。

個人的に、ここまで書いたところで何か引っ掛かりがあり、続きが書けなくなっているうち、ついに各州の党員集会も始まってしまいました。緒戦のアイオワ州ではクリントン氏がほぼ同率ながらもサンダース氏を抑えて辛勝です。民主党は代議員を得票率に応じた比例配分で割り当てるので、このような僅差では代議員の数にわずかしか差はつかず実質は引き分けに近くなります(最初にアップしたエントリーは間違えていました。詳しくは

United States presidential election in Iowa, 2016 - Wikipedia, the free encyclopedia

)。直前の意識調査では平均して数ポイントは離れていただけにサンダース氏にとってはこれからの長い選挙戦に希望の持てる結果となりました。

さて、パンフに戻るとクリントン氏で今話題になるのはメール問題のようです。国務長官時代のメールが問題なのですが、パンフを読んでもメールをクリントン氏の自宅のサーバーに保存していたと書いてあるだけでなぜそのメールが国務省が報告書を出さなきゃいけないほどの大事になるのかよく判りません。実際はこのニュースにあるように

【米大統領選】クリントン私用メールで「極秘」情報、22通やり取りを確認 米国務省 アイオワ州党員集会に影響(1/2ページ) - 産経ニュース

私的なアカウントを使っていたことが問題なようです。サイバーアタックされる危険がありますし、内部規定にも違反しているでしょうから軽率と言わざるを得ませんが、きっと誰かはまずいと思っていてもクリントン氏の行動を変えられなかった当時の雰囲気も問題でしょう。また、国務省に提出したメールはクリントン氏が個人的な内容だとみなしたものが予め削除されていてその内容についても憶測が飛びかうでしょうし、提出した55000ページにも及ぶメールには政府高官とのやりとりなども当然あってゴシップ的な興味もそそります。このブログとしては、クリントン氏は画面で報告書を読むのが嫌いなようで、メールにも報告書を印刷するようにという指示が数多く含まれていたという部分が気になりました。きっとクリントン氏は紙の書籍派に違いありません。

クリントン財団は夫のビル・クリントン元大統領が設立した財団で慈善事業を主にやっています。もとは大統領の任期を終えた後、地元で自分の記念館を作ろうという話だったのが、元大統領のスタッフの一人がビル氏の人脈と人気を生かせばダボス会議のようなことが出来るんじゃないかと思いついたことによります。世界の有力者を招いて世界の諸問題を解決するような何か。かくして大金持ちに資金を出してもらい、それを使って様々な慈善事業を行うクリントン財団が誕生します。ハイチの地震被害に対する救済だったり、エイズの治療薬を下げる運動だったり、アフリカの穀物生産量増大だったり様々なことをやっています。

資金を出す方からすると慈善事業として宣伝にもなるし、クリントン一家とお近づきになることも出来ます。ビル・クリントン氏にとっても慈善事業にはうるさい政敵もいませんしタフな交渉相手もいません。演説をすればいつでも喝采が待っています。大変好都合なわけですが、ただその妻が大統領候補となると話は別です。財団にお金を出すことが未来の大統領に近づきたいと考える人がいても不思議ではありませんし、また財団のほうもヒラリー氏のスタッフを財団のスタッフとして雇用していたこともあったり、私的な財団と公的な政治活動の境目があやふやになっている部分が見られます。これもまた、ヒラリー氏を批判したい向きには好材料です。

ファッションネタとしてはヒラリー氏のスーツはラルフ・ローレンなのだとか(ちなみにラルフ・ローレンは1998年に最初の星条旗を保存するために1300万ドルを寄付するなど愛国イメージの向上に熱心らしいです)。「私達の大統領は元気一杯にオフィスに入っていきます。そして私達は彼らの髪がだんだんと灰色になるのを見てきました。私は候補者の中でも一番若いってわけではありません。しかし、一番若い女性大統領にはなるでしょう。それに最初の祖母の大統領でもあります。それからもう一つ。私ならホワイトハウスで髪が白くなることはありません。なぜなら私はもう何年も髪を染めているから」というクリントン氏の自虐っぽいギャグも紹介されています。頑固で知られるクリントン氏からすると、ワシントン・ポスト的にはここまで言えるようになったのは成長らしいです。

全般としてこのパンフには政策の紹介など一切ありませんし、クリントン氏のトピックを扱うにしても不利になりそうなところはぼかして書いてある印象があります。選挙キャンペーンでけちけち作戦を展開してるとか毒にも薬にもならないことよりもっと他に書くべきことがあるような気がします。ワシントン・ポストクリントン氏に甘いと結論付けてしかるべきだと思います。

追記

共和党のほうのアイオワ党員集会の結果ではテッド・クルーズ氏27.6%、ドナルド・トランプ氏24.3%、マルコ・ルビオ氏23.1%となりクルーズ氏の勝利ですが、

Iowa Caucus: Ted Cruz cruises to victory; Hillary Clinton officially wins: Live updates, results | OregonLive.comこちらによれば勝者ルビオ氏敗者トランプ氏と言えるそうです。いずれにせよこの三者の争いとなりそうですが、そうなるとこれから去っていく人たちの動向が問題になります。ベン・カーソン氏の9.3%とかなり高い支持はカーソン氏が敗北宣言を出した暁には同じ支持基盤のクルーズ氏へ向かうでしょうが、その他の候補者の支持層はルビオ氏へ向かうような気がします。ここからの上乗せを考えると実はトランプ氏はかなり苦しいのではないかと思うわけです。トランプブームは果たして終わってしまうのかという興味と共に、そろそろルビオ氏についてもまともなパンフが出て欲しいところです。

予備選が始まり、民主党共和党ともデッドヒートの様相を呈してきた感があります。

ワシントン・ポストはマルコ・ルビオが嫌いなのだろうか The 2016 Contenders: Marco Rubio

ワシントン・ポストはThe 2016 Contendersという大統領選の各候補者についてまとめたパンフを出しています。トランプ氏とかクリントン氏くらいになるとインデペンデントの著者が色々とまとめたのが他にも多くあるのですが、何人かの候補者はこのシリーズ以外に碌なパンフもないという状況です。半年も経てば候補者も数人に絞られるので出し甲斐がないのでしょうか。

マルコ・ルビオ氏は現在の状況から、共和党が大統領選に勝てるとすれば、おそらくこの人を候補に据えるしかなかろうと評論家筋から目されている人物です。トランプ氏は女性やヒスパニック層からの人気がなさ過ぎるので、共和党の予備選では勝ててもクリントン氏を相手にした場合の大統領選挙本選では危ういところがあります。クルーズ氏に至っては共和党エスタブリッシュ層の支持も得られるかどうか。もしかしてジェブ・ブッシュ氏の奇跡の復活とか、さらにはバーニー・サンダース氏がクリントン氏を破って民主党の指名を獲得するとかいうことが有り得るなら話は別ですが、ルビオ氏が共和党の指名を獲得することが党執行部からは待ち望まれているらしいです。

ルビオ氏はキューバからの移民の息子で、フロリダ州選出の上院議員一期目です。44歳と若くてハンサム。両親はキューバ革命の前に、アメリカに移住してきて父親はバーテンダー、母親は家政婦などをしていたこともあります。子供の頃の話では父親ともども大変なせっかちでファミリーレストランに行ったら注文が出てくるのが待ち切れなくて父親と一緒になって騒いだとかいう話が載っていました。高校ではフットボールに夢中で授業に出ると邪魔ばかりするので教師からは授業に出なければCマイナスをあげよう、その代わり授業に出ればF(落第点)だと約束されたそうです。

マイアミ大学卒業後、ウェストマイアミ市の執行委員に立候補した時には市長の家に直接行って支援を願い出ています。会って話した後、市長はたちまち味方になって、彼と一緒に選挙運動をしてくれたとか。その後、フロリダ州の下院議員を5期10年、2007年にはキューバ系アメリカ人として初めてフロリダ州の下院議長になります。2009年には合衆国の上院議員への転進を表明、2010年の選挙で当選しています。とにかく選挙に強く、今まで一度も落選したことがありません。ティーパーティ派とも共和党エスタブリッシュ層ともうまくやれる感じがあります。

さて、このパンフではルビオ氏に対してあるストーリーを描いてます。この手の候補者紹介では候補者の政策や傾向を紹介するのが常なのですが、ワシントン・ポストはルビオ氏があまりにも早く大統領選まで駆け上がったとして政策や政治的スタンスの紹介などは却下、代わりにフロリダ下院議長時代に党のクレジットカードを個人用の支出に使い込んだ件(後に弁済)、上院議員時代に移民に関する重要法案で態度を変えた件、フロリダ下院議員時代の副業で法律事務所に雇われ、収入が瞬く間に増えていった件(フロリダ州下院議員は兼業可)、同下院議員時代のあまり評判の宜しくない同僚との付き合い、果てはルビオ氏と直接関係のない共和党の選挙戦略の分析などについてのエッセイが書かれています。最後の選挙についての分析はなかなか面白くて、共和党が最後に勝ったブッシュ大統領の時の人種ごとの得票率(白人層の58%、非白人層の26%)では人口動態の変化により今回は勝てず、前回のロムニー候補の白人層59%が取れたとしても非白人層の30%は必要だろうと言っています。

結局、このパンフでは候補の中身はあまり関係なく、生まれ育ちで受けのいい、野心に溢れた若い大統領候補が周りの思惑をうまく利用したりされたりしつつ駆け上がっていく、といった連続ドラマもどきを描き出そうとしているように思えるのです。いくらワシントン・ポストがかつて「ポトマック川プラウダ」と呼ばれていたとはいえ、ちょっと悪意があります。何より候補者について知りたいと思っている読者に優しくありません。これならwikipediaの方が余程詳しく書いています。では民主党の候補はどんな描かれ方をしているでしょうか。脛に傷のあることなら全ての候補の中で一番であろうクリントン候補のパンフを次に読んでみる事にしました。

追記

どうでもいいことの上に完全に私の個人的な憶測なので追記に書きます。ルビオ氏はフットボール奨学金を得ていて、奥さんは元チアリーダー。いわゆるジョックとクイーンビーという高校ヒエラルヒーのトップに君臨するタイプ。がり勉気質の多いとされる民主党寄りマスコミ関係者にはもっとも恨まれるタイプのような気がします。