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あえてテッド・クルーズを推す

電子書籍とも洋書とも関係ない話題でブログのテーマとは外れるのですが、何やら妄想が止まりません。

20年前くらいでしたか、二大政党制について、どちらの政党になっても大して変わらないと言われていた時期があったように思います。なぜそうなるのかの説明としては中道層の獲得が選挙に勝つための条件となるので、左右の政党とも中道よりになっていくためとされていました。左右の有権者とも、どんどん中道よりになっていく支持政党を残念に思いつつも、その政党より他に支持する政党がないために不本意ながらも支持せざるを得ません。しかし、この不満が共和党の党内改革として目に見える形で表れたのがティーパーティ運動だったろうと思うのです。

名前こそ付いていませんが、民主党にも同様の現象が起きているのだと思います。バーニー・サンダース氏、ヒラリー・クリントン氏、マルコ・ルビオ氏、テッド・クルーズ氏と並べてみるとサンダース氏とクリントン氏の距離やルビオ氏とクルーズ氏の距離はクリントン氏とルビオ氏の距離よりも遠いように感じます。これは二大政党制というよりも4つの政党が2つずつペアになって争っているような印象すら受けます。

従来の考え方からいけば、勝つのは中道路線のクリントン氏かルビオ氏でしょう。しかし、民主党の支持者も共和党の支持者もそれでは不満なのだと思います。特に熱心な支持者ほど、より左のサンダース氏や、より右のクルーズ氏を支持するでしょう。勝つために仕方なく支持する候補より勝たせたい候補、地滑りを起こさせるような有権者の熱を掻き立てるのはサンダース氏やクルーズ氏なのだと思います。

もし私がアメリカの有権者ならサンダース氏に投票します。お花畑みたいな政策ですが、バーリントン市長時代(以前の記事訂正)の評判は上々でどこまでやれるのか是非見てみたい誘惑に駆られます。スキャンダルだらけのクリントン氏を相手にして個人攻撃しないところも好感が持てます。財源の裏づけを問われて増税に言及しているのも、選挙にとっては不利かも知れませんが正直ではあります。

ですが、サンダース氏の政策は共和党支持者はもとより民主党エスタブリッシュ層にも到底受け入れられそうにありません。個人的な好みはともかく、現実的な予想としては共和党右派は断固として拒否にまわり、政治は空転すると思います。では翻ってクルーズ氏についてはどうでしょう。クルーズ氏の支持基盤はティーパーティキリスト教右派と言われています。しかしこの二つの層はリベラル嫌いが共通しているだけで、同床異夢ではあります。ティーパーティについて以前に読んだ本で印象に残っているのは「ワシントンやニューヨークの連中が何でも判ったような顔をして、我々の生活に口出ししてくる」ことへの嫌悪感でした。市民的自由として、自分の身を自分で守ったり、好きな時に好きなように悪態をつきたいのです(トランプ氏の支持層はトランプ氏のこの点に魅力を感じているようです。個人的にはトランプ氏の票はいつかクルーズ氏に流れると思います。あるいは逆かもしれませんが)。リベラルから無教養とか白人至上主義者とか罵られようとこの点は譲れません。連邦政府の影響を抑え、州の自治を拡大したい。逆にキリスト教右派キリスト教的価値観を市民生活により反映させたいので、連邦政府の権限を教育や家族生活の面では拡大させたいと望むでしょう。クルーズ氏がどうするかはよくわかりません。支持層同士で喧嘩されても困るので、その辺はあいまいにしたままのほうが好都合だとも思います。

以前のエントリーでクルーズ氏は議会と大喧嘩するんじゃないかと書いたことがあります。大きな政府を掲げるサンダース氏の連邦議会が空転すればそれは失敗でしょうが、小さな政府を標榜するクルーズ氏の連邦議会が機能不全に陥っても、「連邦は駄目だ、これからは州の時代」と持っていければ、少なくともクルーズ氏の支持層は文句は言わないと思います。

左右両極の政治勢力が強くなるに従って(政治の分極化というらしいですが)、議会での対立が激しくなり、政治の行き詰まりが起きているようです。これを解消するには歴史的には外部の敵を作って戦争してみたり、好景気を煽って政治から意識を遠ざけるなどして国を一つにまとめることなどが行われてきたのですが、そうしょっちゅう戦争したりずっと好景気だったりは出来ません。逆に州の自治を拡大し、カリフォルニアやニューヨークは思いっきりリベラルに、テキサスやアラスカは好きなだけ保守的にやってもらい、連邦政府は調整役に回ることで国内の不満を抑えるやり方もあります。19世紀末からのプログレッシブの時代以降続いてきた連邦政府の権限拡大に逆行することになり、ある意味で建国当初の合衆国の姿に立ち返ることになりますが、合衆国憲法に精通するクルーズ氏ならこの任には最適なように思われます。

ただ、オーストリア=ハンガリー二重帝国のようにこの手の国家は国内の調整に手間取ることで戦争には弱くなります。日本を始め、まだまだアメリカの軍事力に頼っている国は多いので、アメリカにくっついている国としては正直微妙なところではありますが、合衆国の国内的にはクルーズ氏は一つの解となり得ると思う次第です。

追記

2月20日にサウスカロライナ州で共和党の予備選が行われました。結果は

トランプ氏 32.5%

ルビオ氏 22.5%

クルーズ氏 22.3%

ブッシュ氏 7.8%

ケーシック氏 7.6%

カーソン氏 7.2%

となり、トランプ氏が勝利しました。勝者総取りのルールなので、トランプ氏は44人の代議員を獲得しました。

ここでの敗者は何といってもクルーズ氏でしょう。サウスカロライナが南部州ということを考えれば、ここでは勝っておかなければいけない筈でした。前回東部のニューハンプシャーでは右派の主張は受け入れられないと踏んで、早々にサウスカロライナに注力していたと言われていただけにこれは手痛い敗北でしょう。サウスカロライナが予備選で、党員集会とは異なり共和党員でなくても投票できるため一般受けするトランプ氏に有利に働くとはいえ、南部で勝てないようではこの先も厳しくなったと思わざるを得ません。23日のネヴァダの次はいよいよ3月1日のスーパー・チューズデーです。アラバマやジョージアでクルーズ氏が勝てなければ、共和党候補者が早々に二人に絞られる可能性も出てきました。

なおブッシュ氏が今回の結果を受けて、選挙戦から撤退を発表しました。同じ中道路線を行くルビオ氏にとってはこれは良いニュースとなります。

民主党ネヴァダ州で党員集会。

クリントン氏 52.7%

サンダース氏 47.2%

クリントン氏の勝利。ですが、サンダース氏の強みは最もリベラルな東部諸州やカリフォルニアでしょうし、それらの州は大票田でもあります。今回の結果も比較的保守的とされるネヴァダでよく善戦したと捉えることも出来る数字ではあります。

 

新彊ウイグル自治区 China's Forgotten People by Nick Holdstock

以前にチベットの話を読んだので新彊ウイグル自治区ってどうなっているんだろうと思い、表題の本を読んでみました。テロと報道される事件が相次いだのは最近ではチベットよりも新彊のほうが多い気がしますし、ISが色々と煽っているのも気になります。

著者はジャーナリストとありますが、新彊で英語教師をやっていた経験を本にまとめてジャーナリストを始めたように思われます。本を読んでいて、いかにもジャーナリストが使いそうな込み入った表現があまり出てきません。

さて、新疆ですがモンゴル帝国ジュンガルなどの支配を受けた後、18世紀には清朝の支配下にありました。幾つかの反乱やカシュガルを短期間支配した第1次東トルキスタン共和国(1933年~1934年)、北部のソビエトとの国境沿いの地域を支配した第2次東トルキスタン共和国(1944年~1946年)などが起こりましたが、国共内戦後に共産中国の支配下に入ります。第二次東トルキスタン共和国については、国民党政府が日本と戦争している間隙をついてソビエトの援助の下で成立し、国民党政府との連立政権を経た後、国民党部隊の指揮官が共産中国に降伏するという経緯を辿ります。この時にスターリンが「独立するなら支援してやる」と言ったという真偽不明のお話があるとか。ウィキペディアにある地図を見ると、第一次第二次の共和国とも広大な新彊の一部を実効支配したのみで地域を代表する政権が樹立できていたとは言いがたい。地域全体を代表する統治機構がきちんとあったチベットとは違います。この本ではとりあえず中華人民共和国の新彊に対する支配の正統性には問題ないものとして扱ってはいます。かといって中国よりというわけでもなく、著者は東トルキスタン亡命政府やその他の独立を主張する団体にも中国にもどちらにも組しないというスタンスのようです。ちなみに”解放”後、北京に交渉のために向かった第二次東トルキスタン共和国の主要メンバーを乗せた飛行機は墜落し(もちろん陰謀説あり)、残りのメンバーはトルコに亡命、現在ニューヨークに東トルキスタン共和国亡命政府があるそうです。

 住民はウイグル族の他、漢族、キルギス族、モンゴル族などで構成されていますが、特に北部では入植してきた漢族が多数を占める地域も出てきています。ウイグル族の主な宗教はイスラム教ですが、土着の宗教やチベット仏教の影響などもあり独自の習俗も見られます。

文化大革命などではやはりひどい目に遭いはするのですが、新彊の地方政府が自らが攻撃されるのを恐れて文革の抑制もしています(私はこのへんでチベットとの比較を諦め中国の民族問題としてこの本を読むことにしました)。新彊地域における殺傷事件がクローズアップされるようになったのはむしろ近年で、2001年の9.11アメリカの同時多発テロ以降、中国が少数民族の抑圧の口実としてテロとの戦いを掲げ、東トルキスタンイスラム運動(ETIM)という団体が国内の反乱事件を主導していると主張し始めてからのようです。ちなみにこのETIMは中国が主張し始める前はほとんど誰も聞いたことがない来歴のよく判らないものです。

近年における騒乱の伏線には中国の改革開放路線から新彊においても開発が進む一方、投資や経済発展の恩恵が入植してきた漢民族が多く住む北部に偏り、民族間や地域の貧富の格差が拡大したこと、さらに1990年代から公企業がうまく行かなくなり人員の整理や破綻が相次ぐと、少数民族への救済策として公企業に優先的に雇用されていたウイグル人労働者にとって大きな打撃となったことがあります。代わりに発展した私企業は言語の問題や人種的偏見により漢民族しか雇用しない傾向が強く、失業者が溢れることになりました。

2009年のウルムチにおける騒乱事件ではデマから始まったウイグル族と漢族の間の対立に当局が漢民族よりで介入し多くの死傷者や逮捕者が出ました。中国政府は国外の反体制派の扇動だとしていますが、デマに過剰反応した漢民族の労働者がウイグル人に暴行を働いたものの、当局が寛大な処置で済ませ、それに抗議したウイグル族側を当局が力で押さえつけようとして死傷者が拡大したようです。この事件では国際的なメディア戦略として中国としては珍しく海外の記者に取材を許したのですが、当局の思惑とは違って色々と都合の悪いことも取材されてしまうので、その後はもとの秘密主義に戻ったのだとか。

 2013年10月の北京における天安門広場自動車突入事件や2014年3月の昆明市の駅におけるナイフを持った集団による殺傷事件などもありますが、凶器になったのは車やナイフ、建設現場で手に入れられるような爆発物で外国からの支援があるとは言いがたい感じです。

相次ぐ事件の要因としてはやはり社会に対する不満と言ってしまいたくなります。恣意的な家宅捜索や逮捕、表現の自由に対する抑圧などは漢民族も同様に受けてはいるのですが、ウイグル族少数民族の場合、それに加えて宗教や文化の継承に対する抑圧、経済的な差別や格差によって、より厳しい環境に置かれています。ただ著者は動機の全てを社会に対する不満と片付けてしまうこともしていません。共産中国の厳しい報道規制によって、事件がどういう経緯でどのような動機で起こったかはほとんど判りませんし、実行犯も殺されてしまうか、刑務所の中で外部との連絡が絶たれています。当局の発表にしても、大したことのない事件とするか、国外の扇動勢力による反乱誘発事件とするだけです。

本の中に中国の核実験による被害をリークして、イギリスのチャンネル4とドキュメンタリーを作った元医者の人のインタビューが載っていました。新彊にあるタクラマカン砂漠で中国は数多くの核実験を行っています。実験場はウルムチトルファンから200から300km離れているのですが十分ではなく、有意にがんや白血病の患者が増大したそうです。ただ、元医者の人もイギリスに脱出した後、医師を続けることも出来ずバスの運転手として糊口をしのいでいるそうでなかなか厳しいものがあります。

新彊ウイグル自治区を取り巻く地域では1996年のシャンハイファイブ(現在、上海協力機構)の設立以来タジキスタンなどは新彊のウイグル人活動家に厳しく当たるようになり、亡命してきた活動家を中国に送り返す事例も増えてきたそうです。こうしてみるとISの勇ましい煽り文句もただ言っているだけとしか思えない感じです。

カシュガルの旧市街も耐震性に問題があるという口実で取り壊されてしまいましたが、迷路のように入り組んだ構造が当局の捜査を妨げるのを嫌ったと著者は推測しています。保障がなされたこともあって、この問題では大きな抗議行動は起こりませんでした。そもそもいまだに多くのウイグル人アイデンティティは地域のコミュニティに根ざしていて、ウイグル人としてのそれではないという調査結果もあるそうです。

 地域や民族として、なかなか希望が見出せないのですが、そうなると個人レベルでは中国国内にいるよりも国外に出るほうがましということになります。著者は2001年から新彊で英語を教えていたそうですが、ウイグル人の生徒はみな非常に熱心で、きわめて優秀な生徒だったそうです。動機が切実さを考えると納得できる話ではあります。しかし日本の学生の英語能力が伸びないと嘆いているのは実は幸せなことなのだと思わないでもありませんでした。

著者がウイグル文化の発展として期待を抱いているのは音楽です。反政府や独立を示唆する歌詞こそ許されませんが、漢民族とも共有できる価値観や生活の不満などについての歌をウイグルの影響を受けた音楽で中国語の歌詞でも歌うことでウイグル人に対する理解や共感が進むことを期待しています。YOUTUBEに本の中で紹介されている歌手のビデオクリップがあったので一つ貼っておきます。

www.youtube.com

中国の民族問題として本書を読んだのですが、中国なりに民族問題を解決しようとはしていることが判りました。特に公企業による少数民族の優先雇用のくだりは新鮮ではありました。ただ、それに倍して力による支配と抑圧によって絶望的な状況が生まれているのはやはり共産中国です。もっともアメリカでも民族問題は解決が困難なばかりか、民族間の対立の緩和のためのヘイトクライム認定がかえって対立を先鋭化させているような場合もあります。結局、もうあるものは仕方がないとして、民族問題になりそうなものは出来るだけ抱え込まないようにすることが大事なのだと思わざるを得ませんでした。

ヒラリー・クリントン The 2016 Contenders: Hillary Clinton

ワシントン・ポストヒラリー・クリントン氏について選んだお題は

  • 頑固な性格について
  • クリントン財団
  • 選挙キャンペーン
  • ファッション
  • メール問題

の五つ。クリントン氏の場合、アーカンソー時代から大統領夫人時代、国務長官時代と疑惑には事欠かないのですが、もう語りつくされた感もあるので比較的新しいトピックを集めて見ましたという風にも取れます。

個人的に、ここまで書いたところで何か引っ掛かりがあり、続きが書けなくなっているうち、ついに各州の党員集会も始まってしまいました。緒戦のアイオワ州ではクリントン氏がほぼ同率ながらもサンダース氏を抑えて辛勝です。民主党は代議員を得票率に応じた比例配分で割り当てるので、このような僅差では代議員の数にわずかしか差はつかず実質は引き分けに近くなります(最初にアップしたエントリーは間違えていました。詳しくは

United States presidential election in Iowa, 2016 - Wikipedia, the free encyclopedia

)。直前の意識調査では平均して数ポイントは離れていただけにサンダース氏にとってはこれからの長い選挙戦に希望の持てる結果となりました。

さて、パンフに戻るとクリントン氏で今話題になるのはメール問題のようです。国務長官時代のメールが問題なのですが、パンフを読んでもメールをクリントン氏の自宅のサーバーに保存していたと書いてあるだけでなぜそのメールが国務省が報告書を出さなきゃいけないほどの大事になるのかよく判りません。実際はこのニュースにあるように

【米大統領選】クリントン私用メールで「極秘」情報、22通やり取りを確認 米国務省 アイオワ州党員集会に影響(1/2ページ) - 産経ニュース

私的なアカウントを使っていたことが問題なようです。サイバーアタックされる危険がありますし、内部規定にも違反しているでしょうから軽率と言わざるを得ませんが、きっと誰かはまずいと思っていてもクリントン氏の行動を変えられなかった当時の雰囲気も問題でしょう。また、国務省に提出したメールはクリントン氏が個人的な内容だとみなしたものが予め削除されていてその内容についても憶測が飛びかうでしょうし、提出した55000ページにも及ぶメールには政府高官とのやりとりなども当然あってゴシップ的な興味もそそります。このブログとしては、クリントン氏は画面で報告書を読むのが嫌いなようで、メールにも報告書を印刷するようにという指示が数多く含まれていたという部分が気になりました。きっとクリントン氏は紙の書籍派に違いありません。

クリントン財団は夫のビル・クリントン元大統領が設立した財団で慈善事業を主にやっています。もとは大統領の任期を終えた後、地元で自分の記念館を作ろうという話だったのが、元大統領のスタッフの一人がビル氏の人脈と人気を生かせばダボス会議のようなことが出来るんじゃないかと思いついたことによります。世界の有力者を招いて世界の諸問題を解決するような何か。かくして大金持ちに資金を出してもらい、それを使って様々な慈善事業を行うクリントン財団が誕生します。ハイチの地震被害に対する救済だったり、エイズの治療薬を下げる運動だったり、アフリカの穀物生産量増大だったり様々なことをやっています。

資金を出す方からすると慈善事業として宣伝にもなるし、クリントン一家とお近づきになることも出来ます。ビル・クリントン氏にとっても慈善事業にはうるさい政敵もいませんしタフな交渉相手もいません。演説をすればいつでも喝采が待っています。大変好都合なわけですが、ただその妻が大統領候補となると話は別です。財団にお金を出すことが未来の大統領に近づきたいと考える人がいても不思議ではありませんし、また財団のほうもヒラリー氏のスタッフを財団のスタッフとして雇用していたこともあったり、私的な財団と公的な政治活動の境目があやふやになっている部分が見られます。これもまた、ヒラリー氏を批判したい向きには好材料です。

ファッションネタとしてはヒラリー氏のスーツはラルフ・ローレンなのだとか(ちなみにラルフ・ローレンは1998年に最初の星条旗を保存するために1300万ドルを寄付するなど愛国イメージの向上に熱心らしいです)。「私達の大統領は元気一杯にオフィスに入っていきます。そして私達は彼らの髪がだんだんと灰色になるのを見てきました。私は候補者の中でも一番若いってわけではありません。しかし、一番若い女性大統領にはなるでしょう。それに最初の祖母の大統領でもあります。それからもう一つ。私ならホワイトハウスで髪が白くなることはありません。なぜなら私はもう何年も髪を染めているから」というクリントン氏の自虐っぽいギャグも紹介されています。頑固で知られるクリントン氏からすると、ワシントン・ポスト的にはここまで言えるようになったのは成長らしいです。

全般としてこのパンフには政策の紹介など一切ありませんし、クリントン氏のトピックを扱うにしても不利になりそうなところはぼかして書いてある印象があります。選挙キャンペーンでけちけち作戦を展開してるとか毒にも薬にもならないことよりもっと他に書くべきことがあるような気がします。ワシントン・ポストクリントン氏に甘いと結論付けてしかるべきだと思います。

追記

共和党のほうのアイオワ党員集会の結果ではテッド・クルーズ氏27.6%、ドナルド・トランプ氏24.3%、マルコ・ルビオ氏23.1%となりクルーズ氏の勝利ですが、

Iowa Caucus: Ted Cruz cruises to victory; Hillary Clinton officially wins: Live updates, results | OregonLive.comこちらによれば勝者ルビオ氏敗者トランプ氏と言えるそうです。いずれにせよこの三者の争いとなりそうですが、そうなるとこれから去っていく人たちの動向が問題になります。ベン・カーソン氏の9.3%とかなり高い支持はカーソン氏が敗北宣言を出した暁には同じ支持基盤のクルーズ氏へ向かうでしょうが、その他の候補者の支持層はルビオ氏へ向かうような気がします。ここからの上乗せを考えると実はトランプ氏はかなり苦しいのではないかと思うわけです。トランプブームは果たして終わってしまうのかという興味と共に、そろそろルビオ氏についてもまともなパンフが出て欲しいところです。

予備選が始まり、民主党共和党ともデッドヒートの様相を呈してきた感があります。

ワシントン・ポストはマルコ・ルビオが嫌いなのだろうか The 2016 Contenders: Marco Rubio

ワシントン・ポストはThe 2016 Contendersという大統領選の各候補者についてまとめたパンフを出しています。トランプ氏とかクリントン氏くらいになるとインデペンデントの著者が色々とまとめたのが他にも多くあるのですが、何人かの候補者はこのシリーズ以外に碌なパンフもないという状況です。半年も経てば候補者も数人に絞られるので出し甲斐がないのでしょうか。

マルコ・ルビオ氏は現在の状況から、共和党が大統領選に勝てるとすれば、おそらくこの人を候補に据えるしかなかろうと評論家筋から目されている人物です。トランプ氏は女性やヒスパニック層からの人気がなさ過ぎるので、共和党の予備選では勝ててもクリントン氏を相手にした場合の大統領選挙本選では危ういところがあります。クルーズ氏に至っては共和党エスタブリッシュ層の支持も得られるかどうか。もしかしてジェブ・ブッシュ氏の奇跡の復活とか、さらにはバーニー・サンダース氏がクリントン氏を破って民主党の指名を獲得するとかいうことが有り得るなら話は別ですが、ルビオ氏が共和党の指名を獲得することが党執行部からは待ち望まれているらしいです。

ルビオ氏はキューバからの移民の息子で、フロリダ州選出の上院議員一期目です。44歳と若くてハンサム。両親はキューバ革命の前に、アメリカに移住してきて父親はバーテンダー、母親は家政婦などをしていたこともあります。子供の頃の話では父親ともども大変なせっかちでファミリーレストランに行ったら注文が出てくるのが待ち切れなくて父親と一緒になって騒いだとかいう話が載っていました。高校ではフットボールに夢中で授業に出ると邪魔ばかりするので教師からは授業に出なければCマイナスをあげよう、その代わり授業に出ればF(落第点)だと約束されたそうです。

マイアミ大学卒業後、ウェストマイアミ市の執行委員に立候補した時には市長の家に直接行って支援を願い出ています。会って話した後、市長はたちまち味方になって、彼と一緒に選挙運動をしてくれたとか。その後、フロリダ州の下院議員を5期10年、2007年にはキューバ系アメリカ人として初めてフロリダ州の下院議長になります。2009年には合衆国の上院議員への転進を表明、2010年の選挙で当選しています。とにかく選挙に強く、今まで一度も落選したことがありません。ティーパーティ派とも共和党エスタブリッシュ層ともうまくやれる感じがあります。

さて、このパンフではルビオ氏に対してあるストーリーを描いてます。この手の候補者紹介では候補者の政策や傾向を紹介するのが常なのですが、ワシントン・ポストはルビオ氏があまりにも早く大統領選まで駆け上がったとして政策や政治的スタンスの紹介などは却下、代わりにフロリダ下院議長時代に党のクレジットカードを個人用の支出に使い込んだ件(後に弁済)、上院議員時代に移民に関する重要法案で態度を変えた件、フロリダ下院議員時代の副業で法律事務所に雇われ、収入が瞬く間に増えていった件(フロリダ州下院議員は兼業可)、同下院議員時代のあまり評判の宜しくない同僚との付き合い、果てはルビオ氏と直接関係のない共和党の選挙戦略の分析などについてのエッセイが書かれています。最後の選挙についての分析はなかなか面白くて、共和党が最後に勝ったブッシュ大統領の時の人種ごとの得票率(白人層の58%、非白人層の26%)では人口動態の変化により今回は勝てず、前回のロムニー候補の白人層59%が取れたとしても非白人層の30%は必要だろうと言っています。

結局、このパンフでは候補の中身はあまり関係なく、生まれ育ちで受けのいい、野心に溢れた若い大統領候補が周りの思惑をうまく利用したりされたりしつつ駆け上がっていく、といった連続ドラマもどきを描き出そうとしているように思えるのです。いくらワシントン・ポストがかつて「ポトマック川プラウダ」と呼ばれていたとはいえ、ちょっと悪意があります。何より候補者について知りたいと思っている読者に優しくありません。これならwikipediaの方が余程詳しく書いています。では民主党の候補はどんな描かれ方をしているでしょうか。脛に傷のあることなら全ての候補の中で一番であろうクリントン候補のパンフを次に読んでみる事にしました。

追記

どうでもいいことの上に完全に私の個人的な憶測なので追記に書きます。ルビオ氏はフットボール奨学金を得ていて、奥さんは元チアリーダー。いわゆるジョックとクイーンビーという高校ヒエラルヒーのトップに君臨するタイプ。がり勉気質の多いとされる民主党寄りマスコミ関係者にはもっとも恨まれるタイプのような気がします。

バーニー・サンダース(2016年大統領選挙) Bernie Sanders: A Biography of the Socialist Running for President by Benjamin Southerland

以前、バーニー・サンダース(2016年大統領選挙) Bernie Sanders for President by Marvinn Land と他の本 - 電子書籍で洋書を読もうというエントリーでサンダース氏には触れたのですが、読んだパンフがあまりにも氏に批判的過ぎて、どういう人だかよく判りませんでした。そこで別のパンフを読んでみる事にしました。

バーニー・サンダース氏はバーモント州選出の上院議員(2期目)です。年齢は74歳でユダヤ系。民主党の指名選挙に出てはいますが、もともとはリバティ・ユニオン・パーティという社会主義のインデペンデント政党から政治生活をスタートさせています。

子供の頃に、父方の親族の多くがナチスユダヤ人迫害にあって殺されています。サンダース氏曰く「ヒトラーという男が1932年の選挙で勝ち、結果5千万人の人が死んだ。小さな子供として私が学んだことは、政治は実際、とても重要なものであるということだ」。高校時代には生徒会長選挙に出て最下位で落選していますが、その時の公約は当時朝鮮戦争で孤児になった韓国人のために奨学金を新設しようというものだったそうです。

シカゴ大学時代に社会主義の勉強会に参加、公民権運動や反戦運動で活動します。大学卒業後、イスラエルに渡りキブツを体験しに行き、帰国後ニューヨークで結婚、ニュースクール大学修士課程に入りますが一年で中退します。そのころ父親が亡くなったので遺産でバーモント州に家を買って様々な職業を転々としながら暮らします。離婚後、フリーランスの編集者となり、リバティ・ユニオン・パーティに参加します。このパンフでは離婚した奥さんとの間に息子が生まれていることになっていますが、wikipediaでは息子さんは別の女性との間に生まれたと書かれていました。

さて、1972年から1976年にかけてサンダース氏はバーモント州知事選挙とバーモント州の上院議員選挙にそれぞれ二度ずつ出馬し、すべて落選しています。まあインデペンデント政党で出て当選するのは至難の業なのですが、4回目にあたるバーモント州知事選挙では6%とインデペンデントとしてはかなり高い得票を得ました。1979年にはリバティ・ユニオン・パーティを抜け、NPOでアメリカの社会主義の政治家ユージン・V・デブスについての教育フィルムなどを作っていたそうです。

1981年にバーモント州最大の都市バーリントンの市長選挙に出馬、票差10票という本当にぎりぎりで当選します。この街でサンダース氏は思わぬ手腕を発揮しました。当時のバーリントンは人口の流入が続き、物価や家賃の高騰が大きな問題でした。サンダース氏は市長として適切な人事を行い、共和党のアイデアなども取り入れて暮らしやすい街づくりに取り組みます。評判の悪かったデベロッパー主体の開発を止めて、ウォーターフロントの再開発をしたり、マイナーリーグの野球チームの誘致なども行いますが、財政はうまく均衡させていました。サンダース氏はその後4期に渡り市長を務めますが、1987年にはアメリカで最も愛される市長の一人にも選ばれ、バーリントンも全米で最も暮らし易い都市の一つに選ばれたこともあるそうです。しかし筋金入りの社会主義者であることは変わりなく、アメリカの外交政策には常に批判的で、ニカラグアの都市と姉妹都市になって当時のサンディニスタ政権と仲良くなったり、キューバへ表敬訪問などをしたりして物議をかもしました。

1988年には下院議員選挙に立候補し、インデペンデントとして40年ぶりに当選します。下院議員としても同僚議員が富裕層を優遇しすぎるとして批判していました。ブッシュ(子)大統領に対してはその外交政策を特に激しく攻撃しています。その後16年の長きに渡って下院議員を続けますが、選挙はほぼ圧勝状態です。2005年には上院に鞍替え、この時に民主党の推薦を受けました。上院ではブッシュ政権時代の税率を延長する法律に反対する、8時間半もの(童話や聖書の朗読ではない)大演説で注目を集めました。

さて、サンダース氏はその長い政治家としてのキャリアの中で一貫して所得格差の拡大や大企業と富裕層の優遇に反対してきました。(下院では州の権限だとして連邦による銃規制法案に反対票を投じたこともありますが)銃規制派で移民にも賛成で、地球温暖化論を支持します。最低賃金の大幅な引き上げ、従業員の権利強化や大学教育の無償化など民主党の中でも異端とされるほどに社会主義的です。

評論家の間では、あまりにアメリカの中道と離れ過ぎていて当選するのは無理だし、本人も自分が当選することよりも、本命のクリントン候補を左に寄せることを狙って出馬しているんじゃないだろうかと言われているらしいです。選挙戦も個人攻撃をしない方針のようで、泥を投げてでも当選を目指すより、選挙を通じて政策や改革を国民に訴えかけるのが大事という姿勢ですね。ヒラリーと民主党を救った社会主義者サンダース | ワールド | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイトという記事もありました。しかし、すぐに個人攻撃やあら探しに堕してしまうアメリカの選挙ではこの方針はむしろ新鮮に響きます。政治家としての立場がずっと一貫しているというのも好印象です。選挙戦は思いのほか順調のようで、じりじりと支持を拡大させています。大口の献金に頼らない草の根献金も2006年のオバマ陣営を上回るペースでお金が集まっているとか。党の予備選が最初に行われることで注目を集めるニューハンプシャー州ではついにクリントン候補を支持率で上回りました。

ところが、クリントン氏の支援者情報、サンダース陣営が不正入手か:朝日新聞デジタルという記事もあります。高潔に戦うんじゃなかったのか、「嘘だと言ってよ、バーニー」って感じですが、よくよく考えてみるとこの情報入手疑惑は何やらきなくさい。コンピュータがどんな風にセッティングされていたのか不明ですが、この手の流出は最初不正アクセスしてきたハッカーや一般人にファイルが渡るものではないでしょうか。なぜ、サンダース陣営だけがファイルを見ることが出来、民主党の選管がソフトの不具合を認めながらサンダース陣営に一方的にペナルティを課すのか疑問です。サンダース陣営は以前からソフトの不具合について報告していたと主張しているとwikipediaにはあります。これが本当なら、サンダース氏では大統領本選に勝てないと踏んだ民主党選管が敢えて不具合を放置し、サンダース陣営を罠に嵌めたと見ることも出来ないではありません。

トランプ旋風で派手な共和党に比べると地味に感じられますが、民主党の指名候補争いもようやく熱を帯びてきた感じがしてきました。

テッド・クルーズ(2016年大統領選挙)The 2016 Contenders: Ted Cruz by The Washington Post

数日前のニュースで、世論調査の結果ベン・カーソン氏が支持率を落とし後退、かわりに2位に浮上してきたのがテッド・クルーズ氏だとありました。ベン・カーソン氏の後退の理由は経歴についての疑惑が原因とのことでしたが、ベストセラーになった自伝とかに書いた、ちょっと盛った部分をマスコミにほじくり返されたのではないかと思います。立派な人キャラなので、こういった面では弱い。1位は相変わらずトランプ氏です。悪童キャラだし、暴言も失言もあのトランプなら当たり前状態。前に読んだ本ではそのうちに大失言やらかして落ちるんじゃないかと書いてありましたが、全然そんなことなかったです。

さて、カーソン氏に代わって2位に浮上したテッド・クルーズ氏についてのパンフを読んでみました。大統領選挙に関するパンフはアマゾンの無料本を漁ることにしているのですが、楽天がクーポンをくれたこともあって、今回は奮発して有料のものを購入してみました。ワシントンポスト編集なので、やっぱりインデペンデントの著者と違って文章も凝っているし、写真も自社で撮影したものが使えます。ただ、インデペンデントの著者の場合、候補者に対する好き嫌いがはっきりしていて著者の立場が判り易いのと比べ、このパンフの場合、中立な風に書いてあって色々と当てこすりが目立つのが読んでいて気になります。

テッド・クルーズ氏はテキサス州選出の上院議員一期目です。現在44歳と若いです。父親はキューバから移民してきた人で母親はアメリカ人です。二人が石油会社で働いていた時に結婚しました。クルーズ氏の奥さんはゴールドマン・サックスで働いていました。ここまでだと共和党の大企業よりの系統の人かと思いますが、実際はティーパーティキリスト教系の支援を受けています。2012年のテキサス上院議員選挙の共和党指名争いでは共和党エスタブリッシュ系の候補に資金面などで大差を付けられながらも、草の根の支援を受け大逆転勝利を飾ったのだとか。ベン・カーソン氏と党内の支持層が同じで、カーソン氏が落とした分の受け皿にクルーズ氏がなったというのもありそうなことです。

父親の影響で子供の頃からアメリカの憲法の勉強会や自由市場主義経済の勉強会などに参加しました。ちなみに私立高校時代にFelitoからTedに名前を変えました。友達に名前が読みにくいのでからかわれていたそうです。プリンストン大学に進み、その後ハーバードのロースクールに進みました。ディベートがものすごくうまく、大学時代には全米チャンピオンにもなりました。演説がよどみなく滑らかでうっとりするほどだそうです。

大学時代のエピソードで面白かったのは、この人が学生仲間から敬遠されていたという話です。「大学生というのはある意味、自分の道を見つけようとして暗中模索しているものだが、テッドはもうすでに自分を持っていて、しかもそれを人に押し付けようとしてくる。自分は何でも知っているという風で傲慢なんだ」みたいなことが書いてありました。「あまりに鬱陶しいのでランチの時間には彼から離れていた人間が、ディベートの時間には彼の演説を聞きに集まってくる。」ともありました。いい話っぽいのはディベートというのは二人でコンビを組んでやることもあるらしいのですが、クルーズ氏には相方がいませんでした。そこでジャマイカからの移民の息子でプリンストンになじめずに孤立していたデービッド・パントン氏と組むことにします。パントン氏はそれまでディベートなどやったこともありませんでしたが、クルーズ氏が一から教え込み、二人でも全米を制し、パントン氏は全米2位にランクされるまでになりました。高校時代にやんちゃをした時は、共犯の名前を言うように、プリンストン大学の推薦を消すぞと校長から脅されても言わなかったことなどもあるそうです。

クルーズ氏は原理原則を頑固なまでに曲げないということでも知られていて、上院議員として2013年にアメリカがオバマケアに関連して連邦政府の債務上限を引き上げようとしている時に頑強に抵抗したグループの立役者の一人です。この時クルーズ氏は議事進行妨害で21時間19分もの大演説というか「Green Eggs and Ham」という絵本を読んでいただけというかをやらかしました。結果、予算執行が止まり、16日間アメリカの政府機関が部分的に機能停止しました。ちなみに地球温暖化を認めない立場でもあり、バイオエタノールへの補助金を多額に貰っているアイオワの農民の人たちの前で、堂々と「私は補助金には反対する」と言っちゃうような人でもあります。

共和党の中でもエスタブリッシュ系の議員との仲はとても悪く、がちがちのティーパーティ派だそうです。政策的にはオバマケアの撤廃やIRS(内国歳入庁)の廃止など徹底した小さな政府を目指します。インターネットの売上税やネット中立性の問題でも政府の規制には断固反対する立場です。

個人的には大統領選になった時にトランプ氏が当選しそうにないのなら(女性や非白人層に人気がないために)、クルーズ氏はもっとないのではないでしょうか。共和党の中でさえ賛否両論なような気がします。ある意味トランプ氏よりもさらにアウトサイダーです。移民関係では過激ですがトランプ氏の方が政策全般ではずっと穏健ですし、実際に大統領にもしなったらトランプ氏は現実に合わせる可能性があります。実業家ですからね。お客に合わせることもあると思います。クルーズ氏は自分の言ったことをやる人でしょう。議会と大喧嘩しそうな気がします。そういうのもちょっと見てみたいとは思いますが。

アメリカの公教育史 The Teacher Wars: A History of America’s Most Embattled Profession by Dana Goldstein

アマゾンのおすすめにThe Prize: Who's in Charge of America's Schools?という本がありました。フェイスブックの創始者で大金持ちになったザッカーバーグという人が、全米でもっとも貧乏な地域の学校に1億ドル(自治体拠出分を合わせて2億ドル)もの慈善事業を行った経緯を追ったもののようです。面白そうだったのですが、よく考えるとアメリカの公教育について、あまり成功していないようだという評判以外、私はほとんど何も知りません。そこで表題の本を読んでみることにしました。

アメリカの開拓時代、西へ西へと生活圏を広げていく開拓民の子供達に対する教育はないも同然でした。教師は不足していますし、州の予算も潤沢ではありません。そこで女性の力を活用しようという運動が起こります。昔のことですから、女性の就ける仕事は限られており、結婚以外に女性の選択肢がほとんどなかった時代の話です。夫や家族に奉仕する以外にやりがいを求めたり、宗教的使命感に燃えた女性は教育者として適任だとされ、自治体も当時男性に比べて給与の安い女性に教師になってもらうことは予算の上でも望ましいと考えました。かくして短期間の教師養成教育を受けた女性教師がアメリカ各地に赴任することとなります。

この辺りの話は日本と比較すると大きく違っていることが判ります。不勉強を承知で書かせて頂くなら、明治維新以後、日本の目標は欧米へ追いつくことでした。富国強兵、国民国家とそれを担う国民の養成は大きなテーマであり、教育には力を入れました。教師の養成に師範学校を作り、何をどう教えるかには常に国家が関与しました。教師はまた、地域においてはとても偉い人でした。校長ともなれば、地元の名士です。給与も地域の水準からすれば決して安くはありませんでした。

ですが、アメリカでは公教育の学校の先生は当時社会的な地位の低かった女性の仕事と見なされる面があって、教師は必ずしも尊敬されていませんでした。教員養成用の教育も数ヶ月ですし、そもそものところ良家の子供達は私立の寄宿学校に行くものなので、公教育の学校は貧しい家庭の子供達に基本的な読み書きを教えるところという扱いだったのです。

時代は下り南北戦争後、表向きには解放された黒人の子供達と白人の中流家庭の子供達の教育上の達成度の差が大きな問題になり、これはこの後も移民の流入が続くアメリカの中で移民の多く住む地域や貧乏な地域と白人地域のギャップをどうやって埋めていくかという問題として現在まで続いています。赤狩り公民権運動など政治的な激動の中で、公教育の教師は大変影響を受けやすい職業でもありました。教師の人種、個人的信条や活動によって、すぐに首にされてしまうような状況が続いたので、組合による交渉で在職権も確保できたり、教師の経済的な待遇は徐々に改善されていきます。が、何をどう教えるかということについては教師の個人的な裁量に任される部分が大きくありました。貧しい地域では、より高度な教育よりも規律正しい生活、親が仕事から帰ってくるまで学校が生徒を預かってくれる保育所のような役割が期待されたこともありました。生徒のためにどういう教育をするのかで、一流校を目指して古典や数学を重視するのか、職業教育を重視するのかで論争が起こったりもしますが、この状況は20世紀後半になって一変します。

産業化が進んだ結果だと思うのですが、優秀な労働力を求める産業界から公教育への改善要求が強くなります。レーガン大統領時代の「危機に立つ国家」という大きな影響力をもった報告書なども出され、当時流行っていた従業員を点数により評価する人事制度をモデルに、公教育へもテスト重視の風潮が公教育へ持ち込まれます(それ以前にも教員の評価制度はあったものの評価基準が主観的過ぎたり、いたずらに事務作業が増えたりでうまくいっていませんでした)。また教員養成の主流は大学での教員養成課程に移っていましたが、大学の成績の良くなかった層が教員となっていました。しかも教員の社会的ステータスの低さや教育環境の悪さなどから離職者も目立ち、教員の不足、特に質の良い教員の不足も問題となります。

そこで民間主導でTeach for Americaという、一流校の卒業生を対象に2ヶ月程度の研修期間によって仮の教員免許を発行し、取りあえず2年間公立の学校に派遣して教師をやってもらおうというプログラムが出来る一方で、連邦政府としては生徒のテストの成績を上げることが出来る教師には成果給を出し、上げられなかった教師には指導や停職、または学校そのものの再編までしてしまおうということになりました。オバマ大統領に至っては、その政策Race to the Topの目的の一つは無能教師を辞めさせることだと強調したこともあるほどです(公教育においては州政府や学区に権限があります。連邦政府としては連邦政府の方針に従ってくれる州政府には補助金を出すという形で連邦政府の政策を実施するということになります。ただ、平均して公立校の予算の10数%が連邦からというように連邦政府の影響は決定的ではありません)。

「いかなる定量的な社会指標でも、それが社会的な意思決定の場でより多く用いられるほど、その指標は退廃への圧力を受けやすくなり、その指標が監視するはずの社会的プロセスを歪曲し、堕落させがちになる」(訳文は「テストと公教育」http://www.p.u-tokyo.ac.jp/sokutei/pdf/2005_02/p215-254.pdfより)というキャンベルの法則という格言があるそうですが、テストの結果が教員や校長、学区長のボーナスや進退、学校の再編まで左右することになったこどで、まさに歪曲と堕落、カンニングが横行します。

テストは当初英語と数学で行われたので、美術や音楽の先生に協力してもらって実技を減らし、鑑賞文を書かせるとかで実質英語の授業にしてテスト対策に当ててみたり、テスト当日には出来の宜しくない生徒と良く出来る子を並べて配置してみたり(意味は判りますよね)、もっと直接的に回答後の生徒の答案の改竄までが行われたりしました。総額58万ドルものボーナスを貰った監督者が組織的なカンニングを主導していたこともあります。

また、英語や数学の教師だけが生徒のテストの結果で評価され、美術や音楽の教師は学校ごと自分の教えている教科とは関係なく評価されてしまうのは不公平だということで、美術や音楽にもペーパーテストが導入されるようになり、実技や鑑賞の時間が短くなります。教えているほうにも面白くないので離職率も上がります。

良くないことが起こる反面、テストの結果が蓄積されることでどうやったらテストの結果を上げられるのか、どういう教師がテストの成績を上げられるのかについて統計的な研究が進みます。良い教師の平均像は、生徒に対して高い期待を持って接し、生徒と同じ人種で30歳以上、子供を持つ親であり大学を出てから数年の教師以外の労働経験を持ち、生徒と同じ地域に住んで地域の実情を良く知っている、といったものです。科目に対する深い知識は持っていても教師の学歴はあまり関係がない。大学の教職課程以外の教員育成プログラムの出身でも生徒の習熟度に差は出ないらしく、むしろ教師の出身階層からすると、教師という職業が出世と見なされるような低めの出身階層であることも重要とか。親戚や周りが弁護士や会計士、企業の経営者や重役ばかりのところで公立学校の教師をやるのはモチベーションが下がるらしいです。成果給については成績の向上とあまり相関がないようで、ボーナスが付くからといってやり方が変えられるわけでもなく、教師は現状出来るだけのことをしているとのことです。

教え方についても一方的に講義してプリントをやらせるよりも生徒に質問するほうが有効で、しかも直接的な知識を問うよりも、レベルの高い考えさせるような質問の方がいいらしいことも判ってきて、そういうスタイルが流行ります(教育関係の一般書の書評には、この教授法への批判がありました。基本的な知識の欠如したわりに自分の意見だけには達者な生徒を量産していて、おかげで大学では高校の範囲の復習にかなりの時間を割く羽目になるらしいです)。例に挙がっていたのは「ヒトラーは何年にナチ政権を樹立しましたか?」と問う代わりに「ヒトラーが政権を取れたのは当時のドイツが社会的政治的経済的にどのような状況にあったからですか?どのような要因があなたは重要だと考えますか?それはなぜですか?」みたいな質問をするというやり方でした。確かにこれはきちんと答えられれば本一冊にもなる代わりに、適当にイメージだけで答えることも出来る設問です。

 テストによる結果で上から評価されることに反発した教師側も教師相互の評価を始め、人事評定に加味することを求めるようになります。アメリカの学校では「教室内の自治」が重視されて、授業中のクラス運営は教師に一任されることが多いのですが、特に新しく先生になった人は生徒を授業に集中させることに苦労します。荒れた地域の学校だと、どうしても授業にならないこともあって生徒の成績も上がらない。だからこそ教師の離職率の高さもより問題になります。ある程度ベテランになるとうまくやれるのですが、そうなるまでは各自の努力に任される面がありました。教師相互の評価が行われるようになると、お互いが授業で何をやっているのか、観察するようになり、授業の研究も進むようになります。評価の低かった教師にも指導役の教師がつくようになります。この辺りは、集団的な授業研究の進んでいる日本とは大きく違うところだと言及がありました。

先に書いたTeach for Americaの先生はほとんどが始めて教室運営をすることになるので、その弱点をカバーするために「No Excuses(言い訳無用)」という規律を重視した教室運営をすることが多いともありました。生徒に対する期待も高く、小学生の授業風景で「君達が勉強するのは何のためだ?」「大学のため!」なんていうのは日本の中学受験の風景を思わせます。

 制度面ではさらに、公募型の実験校という感じでチャータースクールというのが出来ました。地域の親や活動家などが申請することで学校が作れます。資金は主に自治体からですが、慈善事業資金も受け入れます。カリキュラムも申請目的に沿っていれば公立校の枠組みに縛られません。一見良さそうにも見えますが、やる気のある子供をチャータースクールが独占してしまって、普通の公立学校が余計に荒廃するとか、特定人種に生徒が偏り人種隔離を進めてしまうとかの批判もあります。教師に対する要求も過大でとにかく休みもなければ、代わりの教師がいないので病気で休むこともできないとか、働く側にとっても、つらい側面があるのだそうです。チャータースクールを営利目的で運営する会社も現れました。

教師なりたての一年目に教室運営で苦闘するという問題に対応するためurban teacher residencyという民間のプログラムもあらわれました。最初の教師養成プログラムの中にベテランの教師の指導付きで給与を貰いながら実地で教師の実務がどのようなものか学べます。そのかわりというか、実際赴任してから4年以内に辞めてしまうと罰金を払わなければならないのだとか。導入部分に力を入れた成果なのか、4年を越えても働き続けてくれる教師が多いことが特徴なのだそうです。

教師の能力ばかりに矛先が向きがちではありますが、生徒の達成度は学校外の要因に大きく左右されて、教師の影響は7%くらいの寄与だとも書いてありました。ただ、一部の最上級の教師はわずかですが統計上有意な生涯収入の差(1.3%)をもたらすことが出来るのだとか。生涯収入向上の例には中退率が下がるとか、10代での妊娠率が下がるとかが挙がっているので、どういう地域で統計を取ったのがよく判ります。中退率ついでですが、小学3年生までで読む能力で劣ると有意に中退率が上がるそうです。小さい子への読み聞かせはやはりとても有効なのだそうです。

さて、アメリカの公教育の特徴はそれがきわめて分権的だということです。ですから何か変えなきゃいけないとなった時に自治体や活動家、親、慈善家などがそれぞれに改革を模索します。ダイナミックである反面、長期的な視野には欠けることがあって、自治体や慈善家の方針変更に左右されやすく、学校の運営の仕方がころころ変わって結局生徒が割りを食うということにもなりがちです。安易に真似することは避けたほうが良さそうですが、色々と実験的なので他山の石として見る分にはとても興味深いと思います。

マーク・ザッカーバーグの寄付、驚愕の「使途」 | The New York Times | 東洋経済オンライン | 新世代リーダーのためのビジネスサイトという記事の最後に「子の最善の利益」は「子供が潜在能力を存分に発揮するための力を最重要視するという、単純明快な発想だ。」とあります。実にアメリカ的な考え方だなと思うのですが、潜在能力というのは教師も親も本人さえもよく判らないものです。ちょっとやってみたからといって潜在能力が開花するというものでもないと思います。一人一人の子に専門チームが組めるような資源があるならともかく、公教育が目指すものとしてはハードルがあまりにも高く、かつ異質だとも思うわけです。日本では学習塾か予備校、各種教室や習い事の範疇に入るものを公教育に要求するようでは、アメリカの先生達の受難はまだまだ続きそうだと思わざるを得ません。

追記

日本の小学校では英語が正規の科目ではないもののすでに授業に取り入れられています。会話の練習などが主で習うより慣れろ方式のようですが、これを正規の科目に格上げしようという話になっているようです。私は小学校から英語を学習する必要はあまりなくて、むしろ国語というか日本語を熱心に勉強したほうがいいんじゃないかと思っていましたが、最近考えを変えつつあります。

家庭や塾などで中学以前に英語を習うことが増えてきて、このあいだ会場受験で英検5級を受けてきた子の話によると会場は小さい子供で一杯だったそうです。そういった子達にとっては中学1年の英語は軽い復習です。自ずと学校の授業の進度は上がります。5年位前は中学1年生の1学期の中間テストはアルファベットの書き取りと簡単なあいさつ文が出来ればいいとか、テストするべき内容まで進まないのでテスト自体がない場合さえありましたが、今ではしっかりbe動詞の英作文までが試験範囲です。

そうなるとしかし、塾にも通わず小学校の英語をお遊戯程度に考えていた生徒にとっては付いていくのは至難の業です。英語の文構造に慣れる以前に次から次へと新しい文法事項が増えてきて混乱してしまいます。英語に関しては出来る子と出来ない子の差が数年前以上にはっきりしてきた感があります。

教室の中の習熟度の差が激しいことが問題なのですが、自主的に英語を学んでいる子達に勉強するなというのもおかしな話なので、塾に通っていない子供達のために小学校からの英語の正規化も止むを得ない、そうでもしないと中学校の授業が授業にならないのではないかと思ようになりました。